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李洪志は信者の心理を制御した時の常套手段
    
2012-01-29  Kaiwind  筆者:国力    

李洪志から「真、善、忍」、「上次元」、「円満を求める」など屁理屈に影響られ、多くの法輪功練習者は理性を失い、家族への愛情を殺して、様々な悲劇が起きた。現在、彼らは徐々に法輪功から抜き出して、改めて生まれた。過去を振り返るに忍べない彼らから心からの反省と涙を使って、邪教はどんなに人の精神を制御したのを訴えた。私は自分と出会ったケースの中からピックアップして、心理学の角度から、李洪志が信者の心理を制御した時の常套手段を説明する。

常套手段その一:畏敬する心理を利用して、屁理屈を強いに植え付けること。それは邪教組織は新信者と一般練習者に対してよく使った手段である。

人は自分の人生経験と知識構造に限られ、認識のブラインドエリアがある。自分のよく知らない世界に対し、畏敬と呆然を感じてから他人に対し、依頼と服従が生まれやすくなる。その心理状態で、科学分析能力の弱い人はいわゆるプロ、先生の言葉を軽く信じてしまい、従いやすい傾向がある。邪教組織はその心理を利用して、教主を神らしくにして、なんでも知ってる、その上のない「権威者」のイメージを作り上げる。これで信者を教主に強く信頼感と依頼感が生まれさせ、徐々に心理制御を強化する。

元法輪功練習者譚氏の間違って邪教と出会ってから徐々に溺れた経緯を見れた、以上述べたのことがわかる。

1997年5月、譚氏は他人から李洪志の「真善忍」という邪教理屈を聞いて法輪功の練習を始めた。その後徐々に法輪功に溺れた。現在、法輪功と徹底的に引き裂いた譚氏は私にどうしてあの時法輪功のトリックに入ってしまってなかなか抜けなかった真因を話してくれた:李洪志は我々に精神制御をしていた。彼は私がしゃべった言葉一つ一つは法である。文字の部首は法身のイメージであると言われたので、我々は李洪志の話に対し疑い勇気は全くない。李洪志は練習者によく法輪功の本を読めと要求した理由は我々の考え方を全部彼の屁理屈に入れ替えるためだ。時々私は本の内容がちょっと違和感があると感じたが、周りの人は全部やみくもに崇拝し、神のようにあがめている様子をみて、質問をする勇気がなくなった。自分の悟りが悪く、次元が低いとしか認識しなかった。他の練習者と交流すると、彼らは自分が何を悟ったり、何かをぼんやりと見たり、病気が治ったり、禍が無事に終了できたりしたことをしゃっべったから、やはり自分は心が十分に誠意を持っていない、進んでいない、上次元になれないなあと感じた。前「転法輪」を読んだ時、「生まれ変わって、誰が母親なのか、誰が息子になるのか」という内容についてどうしても納得できなかったが、それ全部は法身の現れで、師匠の言われた通りにやっていけばいいことを思ったら、わけのわからないうちに邪教の道を歩み始めた。

常套手段その二:自己関心心理を利用し、脅かすこと。それで疑問を抱えた、質問をしてきた信者の心理を打撃し、潰す。

人間は誰でもいつもメリットを求め、損を回避したがっている。心が健全な人なら自己関心の心理を十分に制御できる。社会行為の規範を守って、社会と他人を損なわぬ前提で自分の利益を最大化する。自己関心の強い且つ科学分析能力の弱い人なら、そこは邪教屁理屈に精神制御されたポイントになる。

信者を募集するため、邪教屁理屈はいつも「病気が自ら治る」「禍が回避できる」「円満になって天国へ行ける」など架空話を作り上げる。その中、少数の信者に疑われたり、解釈できないところができたら、「信じれば実現できる」「また次元が低いので悟れない」などで言い訳をする。「罰にあたる」「法の力で処罰する」など理論を使って、教徒の個人安全に対して直接脅かし、自己考えを少しずつ諦めさせる。たくさんの元法輪功練習者は李洪志の制御から逃げ出した後、自分が経験した事実で他人に真実を伝えた:最初は李洪志が言われた「真善美」に引かれて法輪功に参加した。しかし、李洪志がよく設計したトリックに入ってしまうと、脅かされつづ、罪業を消して上次元に上がって円満を求める帰りのない道に歩かせられた。しかし、自己関心の「関」から脱出すれば、体にかけられたかせと鎖は潰され、「大法」のため、何もかも奉仕できる練習者は改めて生まれ変えた。

筆者が知り合ったもう一人の法輪功練習者張氏は邪教制御から脱出した後、当時なかなか脱出できなかった経験を話してくれた。

1997年、張氏は李洪志が宣伝したいわゆる「真善忍」、「いい人になる」を聞いて法輪功の練習者になった。早く「次元」を上げるため、法の勉強すること、本を写すことと暗記することに大量な時間を使った。国が法輪功を取り締まった後さえやり続けた。法輪功が行った違法イベントに何回も参加した。反邪教ボランティアは何回も彼と相談したが、彼は「大法と相違することをやるのが怖くて、他人にその人が圧力に耐えられず裏切り者になったと言われるのがいやだ。最も怖がったことは神様の悪口を言ったら罰が当たること」。家族、親友からの助言を全部捨てて、「それは家族の愛情を捨てるため、師匠にあたえられた情の関だ。もし我慢して乗り越えないと、師匠の法身から罰があたる」と彼は言った。

張氏は:「昔、最もの障害は恐怖だと思った。現在は認識してきた。恐怖の深くに、自己関心は隠れていた。自己関心こそ長い間法輪功の鎖から脱出できなかったポイントだ」「練習を始めた頃から、全員が李洪志の設計しておいたトリックに落ちた。李洪志はすべての練習者を騙した。法を勉強させたり、広げさせたり、守らせたり、千万の人を中南海を囲ませたり、政府にデモさせたりしたが、実の目的は我々を邪教の道の押し入れたり、人民と反対になる立場にプッシュしたのだ。李洪志の人に言えない目的を達成するため。」

常用手段その三:価値観を歪んで、信者を道徳で縛ること。それは深く溺れた信者に対して人格のラッチを実施する。

中国では、五千年の歴史の中、中華民族は徐々に儒家理念を中心として社会価値観が出来上がった。「裕福になっても、荒に使わぬ。貧乏でも品格を変わらぬ。武力に当たっても折れぬ」などの名句は千年前から流れてき、有名人や英雄の道徳基準点になっている。

邪教はその道徳は人々の心を存在していることをわかった。屁理屈はそれらの道徳を歪んた。表から見れば、確かにそうだなあと思ってしまう。実はまったく逆だ。邪教の教徒はそれを見抜けないと、非常に苦しんでしまう。その原因は、邪教の行為と自分の価値観を組んでいる人に対して、邪教から脱出する第一歩は個人がすでに持った道徳の否定である。自分は自分の鎖になってしまう。法輪功に溺れた信者は個人の生死や家族の愛情を全部捨てても李洪志を奉仕する原因はほとんど自分の歪んだ道徳に忠実していることだ。

元法輪功練習者潘氏は個人経営者だった。体を鍛えるため、1998年から法輪功の練習を始めた。法輪功に溺れた彼は法輪功組織が行った違法イベントに参加したため、警察に処罰されたことはある。「執着心」を捨てるため、個人事業、家庭、家族を全部邪魔にした結果、事業は暴落し、家族は解散寸前になってしまった。

潘氏は言ってくれた:「すでに脱出した元練習者から練習をやめようという助言をしてくれた。びっくりしながら、彼らは気の毒だと思った。弱虫、恥知らずと罵ったこともある…当時のことを思い出すと、自分こそバカだと思った。」

  
 
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