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宋解放:大法を広げる途中に起きた交通事故
    
2014-09-22  Kaiwind  筆者:宋解放    

宋解放といい、今年58歳、中国規格品製造基地である河北省永年県臨洺関鎮の出身である。1993年夫婦二人から規格品を製作し始め、しばらくして儲かったので、二階建てのマンションを建てたり、サンタナの車を買ったりして、その辺で有名な農民出身の社長になった。 

徹夜で仕事したので、私と妻が多数の病気にかかり、いわゆる「薬の缶」になってしまった。1995年、体を鍛えるため、私と妻はやってみようという気分で、他人と一緒に法輪功の練習を始めた。「転法輪」という本を買ってきて読んだら、すぐに、いい人になる、上次元になるなどの内容が惹かれた。そして、妻と毎日6時に練習ところに行く以外に、事務所には、李洪志の像を飾った。一日中、事務所の中に、妻と一緒に本の内容を写したり、暗記したり、テープを聞いたり、ビデオを見たり、座禅を組んだり、練習したりしていた。 

長い間生産に関心をかけていなかったため、製品の品質と産量が落ちてきた。お得意様のオーダーは納期に合えなかったり、品質に問題があったりして、たくさんのお得意様に損を掛けた。お得意様から助言されたこともあった:二人は長期間頑張ってきたので、頑張った結果を大事にしてください。もう法輪功の練習を止めなさい。これ以上練習すると、工場は潰れちゃうぞ。たくさんのお得意様からいわれたので、動揺した時もあったが、一緒に練習した人は「師匠は宇宙のメイン佛であるから、人間のことは勿論、宇宙のことさえ全部決められる。師匠の法身は我々を見ているので、本当の練習者を守っている。」と言われた。 

私は考えた:数年間力を尽くして頑張った目的はいい生活をしたかったから。よく練習すれば、師匠はいい生活を過ごさせてもらうなら、そんな辛い生き方をしなくてもいい。そう思ったので、ほっとした。工場の生産、営業、管理など常人なら心配することを全部捨てて、工場のことを無関心になった。 

法輪功の練習に集中できるように、工場に住んでいた私と妻は家に戻った。李洪志の画像も連れてきて、毎日向かって座禅を組んでいた。一日も早く「仏様」になろうと思った。 

企業は誰も管理していなかったため、原材料がなくなっても入荷する人はいなかった。機械が壊れてメンテがなかった。作業員を管理する人もいなかった。工場は自由状態になった。作業員は企業の未来が見えなく、家に尋ねて給料を要求した。私は言った:「私と妻は大法弟子で、常人のことはしらん。工場は夫婦円満の邪魔になったので、給料の件を工場に聞いてくれ。」作業員は私に言ってもしょうがないと思って、帰ってみんなの相談の結果、工場に残った製品を売って、その金を給料として支払った。そして工場の扉を閉じて帰った。 

企業が倒れた後、親友はみんな惜しいかった。しかし、私と妻は密かに喜んだ。師匠の要求に従い、執着心を捨てて、名誉、利益、感情を捨てて、本当の修練人になり、円満に一歩近付いた。村に集会があるたびに、私と妻は「転法輪」と法輪功の録画ビデオを配布したり、法輪功を練習した後、車にぶつかれても死ななかったとか、ガンにかかった人の病気は一晩中治ったなどの物語を話したりした。 

家にいるすべての時間を法輪功の勉強と練習に使ったので、親と息子の休み時間をひどく影響した。父親から家で練習しないでくださいと言われたが、私は全く聴かず、逆に多くの人々を家に呼んで一緒に練習することになった。練習者がきたら、私は全部の世話をしてあげた。練習者の痰、埃、洗っていないサラなどは家の中にごちゃごちゃさせた。母親はせっかく方付けたくせに、我々は再度ごちゃごちゃにさせた。息子は見耐えられず、私と大喧嘩をした。しかし、これは大法に対する侮辱だと思って、大切な息子のびんたを食らわした。親はこれ以上我慢できないし、私を説得できないので、息子を連れて、私の妹の家に住んだ。 

親が出てきてから我々はもっと自由になった。円満が早く来るように、妻とよく車で練習者たちを載せて、法を広げに行った。199737日、法を広げて帰った私は、夜の11時まで、練習者たちを一人ずつ家まで送った。練習者は言った:もう遅いので、今日はうちに泊まろうよ。この数日間大変疲れたからさ。私は自信満々に言った:師匠は私を守っている。大丈夫だ。結局、帰る途中、運転しながら、寝ちゃって、車は道端の電柱にぶつかった。左の足が折れて、腦がひどく怪我をされた。病院でずっと意識不明に寝たきりで17日間目はようやく目を覚めた。病院にいると気付いたら、点滴をした注射器を抜いた。薬と点滴を拒否した。私は言った「私は大法弟子なのに、これぐらいの傷はたいしたもんではない。」そして退院を固く要求した。退院してもらうため、自分の太股を刺したりして親を脅かした。仕方なく、親は私を家に連れた。家に帰っても、私は薬を飲まないし、注射を受けず、法輪功の練習だけで体を治そうとした。しかし、逆に左足が不自由な人になった。

  
 
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