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「円満」はわが28歳の息子を首をつって自殺させられた(写真付)
    
2014-11-17  Kaiwind.com  筆者:周玉珍    

 

周玉珍 

周玉珍です。女性、1949615日にうまれ、四川省徳陽市中江県倉山鎮南華村の出身です。息子は鄧勇といい、1973年うまれました。鄧勇は法輪功の修練に溺れ、「円満」を空想しながら、首をつって自殺してしまいました。ただ28歳で他界したことは、わたしにとって永遠の痛みです 

20年前のことを振り返ると、私は鄧華山と結婚した後、息子鄧勇と娘鄧仕琳を相次いで出産しました。家族四人は仲がよくて、非常に幸せでした。村の道路工事が出来上がってから、うちは借金してトラクターを購入し、貨物輸送の業務を始めました。商売はうまくいったので、家族は豊かな生活を過ごせるようになりました。非常に幸せでした。 

1992年、夫は貨物輸送の途中不幸に車の事故に遭遇し、病院で緊急措置をしても、命を取り戻せないでした。私と子供三人が残され、あれ以来、生活は大変になりました。子供たちを養うために、私は仕方なく、他人と再婚しました。再婚者の家事情も良くなく、毎日アルバイトで家計を支えていました。子供たちは父親にしなれ、内気な性格になりました。学校での成績が悪かったため、学校を辞めました。鄧勇が大きくなり、できることは何もないため、仕事を見つけられなくて、落ち込んでいました。徐々に、彼は人づきあいをしたくない性格になりました。 

1997年、鎮の食糧点の周じいさんは息子が無職していたことに気づき、ある仕事を紹介してきました。それは法輪功練習点を掃除する仕事で、小遣い銭の30元~50元がもらえます。息子は給料をもらってから、私に対し、お金を要求しなくなりました。息子は成長したなあと思って非常に喜びました。しかし、私が思いがけなかったことで、息子は掃除をしたとき、周じいさんに呼ばれて、法輪功の練習をはじめました。1999年国は法輪功を取りしまった後、ボランティアはうちに訪問してきたとき、息子が法輪功に深く溺れたことをはじめて知りました。 

息子は家に帰って言って、「おかあさん、お父さんは交通事故に遭遇したことは、前世でわるいことをしたからだ。業力が重過ぎて、因果の報だった。法輪功を練習することこそ、業力と災いを消す唯一の方法だ…」 

私は息子に、迷信しないで、青春を無駄にしないでなどと勧誘しました。しかし息子は言い返しました:「師匠の法力はすごく強いだ。まじめに法を練習すれば、業力を消せるし、病気を治せる。上次元にもなれる。もっとも高い次元になれば、円満になれるし、天国へいくこともできる。みんなはいい生活を過ごせる」息子は法輪功の練習にはまったことは私の心の病になりました。 

しばらくしたら、息子は外から「転法輪」の本、ラジオ一台と法輪功の練習映像を入手しました。彼は音楽を聴きながら法輪功の練習をして、非常にまじめでした。私にも一緒に練習しようと声をかけました。私は、やることがありすぎて練習する暇はないといい返した。 

天安門広場での焼身自殺事件が披露された後、私は息子が北京へ法を守りにいったら、損になることを心配しました。そして私は親戚を頼んで、息子の結婚相手を紹介してもらい、息子を結婚させようとしました。息子は言いました:「私はほしいのは、結婚相手要らない。結婚は常人のことで、私は常人ではない。私は法輪功の勉強に精一杯になり、早く円満になることをめざしている…」 

法輪功の練習をやめさせようと思い、私は密かに息子の法輪功書類を自分の部屋に隠しました。息子はそれを知ると、激怒しました。私が彼の法の勉強に邪魔し、修練を破壊しました。師匠の機嫌を損ねたから罰が与えられるといわれた。あれから、息子は私たちと一緒に食事をしなくなりました。私を彼の部屋にいれさせなく、ドアを閉じて法輪功の練習をしていました。 

2001424の夜、私は仕事を終わって家に帰ってきました。息子は自分の部屋のドアをひらき、私に話しをかけました:「おかあさん、私の修練はまもなく円満になる。師匠は私を迎えに来る。私はすぐに師匠とあえる。これからおかあさんはそんなにくろうしなくてもいい…」無口の息子から声をかけてくれたことに、私は非常に喜び、娘にお酒一本と前菜を買わせ、息子と一緒に食事をしました。私が思いがけないことで、これは息子との最後の食事でした。 

2001425の朝、息子に朝食をたべようと声をかけましたが、部屋のなかから応答はないでした。鄧勇の部屋は閉じられ、どうしても開けてくれないでした。私は急に緊張してきて、娘鄧仕琳を呼んで、隣に住んだ鄧兄さんも呼んできて、部屋のドアをこじあけました。あけると、息子は部屋の梁に首をつったことをみた私は当時倒れました。鄧兄さんと娘は慌てて息子を梁から解けたが、体はすでにつめたくなり、呼吸もとっくになくなりました… 

  
 
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