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林桂栄:法輪功と別れ、いい生活を送ってきた(写真付)
    
2014-12-18  Kaiwind  筆者:林桂栄    

林桂栄です。今年56歳、吉林省長春市寛城区楽嘉茗園団地に住んでいます。 

   

林桂栄(左) 

20004月のある日、重度関節炎にかかった私は長春市北外環路で道を清掃したところ、昔隣に住んだ劉姉さんとたまたま出会いました。劉姉さんと世間話をして、私が清掃で家計を立てていることを話した。劉姉さんは話しているうち、法輪功を紹介してきました。彼女の話によると、病気にかかったのは私のせいではなく、業力のせいでした。業力を消すためには、法輪功を修練することによって、自分の次元を高くさせてから「業力を消す」ことはできました。修練者が薬を飲まなくても病気が治るし、体も丈夫になれました。 

法輪功はカルトだということはわかったが、病気をはやく治りたい気持ちがあったから、彼女の話を半信半疑で聞きいれました。やってみようかなあという気分で法輪功の練習を始めました。彼女は別れた時、ひそかに数冊の本を私にくれました。しかも、法輪功を修練すれば、もう病院で病気を診てもらったり、薬を飲んだりすることはいらなくなりました。法輪功は病気を治せるし、薬代を節約できるといいました。こうして、わたしは法輪功修練者のチームに入れました。「修練」と「法を勉強」すればするほと、李洪志の円満理論を少しづつ信じ込んできました。あれ以来、私の心は「転法輪」に縛られました。誠心誠意に法輪功を修練したら、師匠は必ず私が神になることを助けてくれると思いました。関節が痛みになったとき、痛み止め薬さえ飲まないようにしました。 

法輪功を修練してから、清掃の仕事をやりたくなくなりました。家事も無関心になりました。夫は体力労働者ですが、外で苦労して帰ったら、熱いご飯さえ食べられないので、私とけんかしたこともあった。家庭生活は混乱になり、私はなにもかも興味なくなりました。毎日は法輪功を修練することだけが気にしていました。こうやって、生活はどんどんだめになり、夫と家族は私を見て、焦りながら、心が痛んでいました。 

20008月の半ば頃、雨の日が続いていました。私は外へほかの法輪功信者と一緒に法輪功のチラシを配布することもできず、練習もできなかったです。夫も家で休んでいました。湿度が高かったため、関節炎の痛みがはじめました――両足と両手の関節は非常に痛くて、立つことさえできないでした。ベッドのふちにすわって、熱湯を飲むことによって、痛みを抑えようとしました。夫はそれをみたら、すぐに痛み止め薬を持ってきてくれました。私は持ってきた痛み薬を押しよけて言った:「病気は師匠に与えられた試練だ。薬を飲むと、誠心が失うから、師匠に円満させなくなる。しばらく法輪功を練習すれば治る」私はベッドに座り、法輪功の練習を始めました。四肢の関節の痛みと大量に熱湯を飲んだので、シャツをびしょびしょになりました。夫は理解できない顔で私に向いて、どうしてもわからないようでした… 

同年11月のある日、私は瀋陽、大連などの地域交流から家へ帰りました。私が汗だらけで、顔色が黄色になり、家を入ってすぐに寝込んでいた様子をみた夫は、関節炎が再発し、しかもひどくなってきたことがわかりました。夫から病院へ行くと痛み止め薬を飲む提案を持ってきましたが、私は頑固に否定しました。夫は団地の主任を家に来てもらい、二人一緒にわたしを説得しようをしました。団地の主任は私の四肢が震えた様子を見て、私に言いました:「桂栄、これ以上病院にいかないと、足を切断しなければならないよ。今どんなに痛んでいるのか。自分の表情をみろ!」自分の足は守れなくなることを考えたら、病院へ行くことに同意しました。病院でお医者さんに診てもらった結果、私の関節炎は重度で、これ以上治療しないと、足は曲げます。ひどくなると、切断手術をするしかないです。病院でしばらく治療を受けようと判断されました。私は治療と薬に強く反対したから、夫が油断したとき、ひそかに車にのって、家へ帰りました。 

夫と団地の主任はお医者さんに、私を治るためどんな薬治療と補助治療が必要なのかのを聞きました。彼らはお医者さんと一緒に、私の治療作戦を企画しました。病院から薬をもらい、夫は私に対する治療を始めました。夫は魔法瓶に薬をいれました。夜、夫は私が飲んだ熱湯に、砂糖と他の治療薬を一緒にいれてくれました。三か月間、夫がやさしく世話してくれた結果、私の病気は抑えられ、関節の痛みも大分よく緩和してきました。当時の私は裏事情が知らなかったため、自分の誠心誠意で師匠を感動し、それが師匠からの返しだと思いました。 

2001年春、私は団地でイベントを参加したとき、団地の主任が私が走ったり、跳ねたりして、足もあまり痛くない様子をみて言いました:「桂栄、全部はあなたの夫のおかげだよ。あなたの病気が抑えられたことは本当に彼をよく感謝しなければならないだよ」私は団地の主任に、病気になったとき、夫はお水を沸かしたり、茶碗に水をいれただけ。全部は私が誠心誠意に法輪功を練習した結果、師匠を感動して私を治したと言い返した。団地の主任は笑って言いました:「帰ってから夫に聞いてください。彼に事実を教えてもらいなさい」 

私は帰ってから迷いそうな顔で、夫に聞きました:私の病状はいったいどういうことなのか。夫は事実を話してくれました。そして、団地の主任に電話して、うちに来てもらう要請をしました。翌日、団地の主任は団地のボランティアをつれて、うちに来ました。ボランティアの説明と李洪志と法輪功を披露する映像資料を見ることを通じて、事実の前に、私は法輪功を信じなくなりました。私は科学を信じ、病院を信じ、お医者さんの治療を受け入れることを選びました。夫は物理治療機械とひざのサポーターを買ってきてくれました。みんなの助けで、私の病気はほとんど抑えられました。 

2002年団地の事務所のリーダーは私の成績を見て、団地の衛生主任一職の競争に参加させました。私は自分の職場でよく努力し、苦労を恐れない精神を団地の住民に感動しました。2003年、私は競争に勝ち、長春市寛城区宋家路団地の団地主任として雇われました。あれ以来、私は徹底的に社会に融合し、幸せな新しい生活を送ってきました! 

  
 
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