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「張凯臣事件」についての瀋陽日報社図書発行総公司の声明文
    
2010-07-08  Kaiwind  筆者:    

近日、法輪功ウェブサイトはわが社の社員である張凯臣の脱党事件を大きく取り上げていると同時に、彼を「中国共産党瀋陽市委員会宣伝部連絡部長」と称した。これについて、われわれは下記のとおり声明しておく。

張凯臣は発行公司の普通の一契約社員であり、いわゆる「中国共産党瀋陽市委員会宣伝部連絡部長」ではなく、高官でもない。

張凯臣はもともと瀋陽市宏達経済貿易公司の職員であったが、1995年から2002年まで瀋陽市プレスセンターにより臨時雇員として招聘されていた。

同センターは雇員が4人しかおらず、自ら損益責任を負う事業部門であり、下に所属部門が一つもなかった。4人のうち、正職員が一人しかおらず、張凯臣を含むほかの三人はみな臨時雇員であった。彼は同センター内で何の職務を担当したことがない。

2003年から2004年にかけて、プレスセンターは自ら損益責任を負う事業部門から費用が100%財政支給による事業部門に変わった。張凯臣は身分が労働者であったため、正職員になることができず、雇用関係が自動的に解除された。2005年に、彼は再度臨時雇員として同センターに雇用された。その期間中、彼は一時的に出版処に派遣されていたが、彼は終始肩書きのない臨時雇用職員であった。

2005年末、張凯臣は雇用期間が満期になるが、引き続き雇用されるかどうかを心配したため、自ら瀋陽日報社図書発行公司へ転勤しようと申請を出した。彼の転勤は上の按配によるものではなかった。

2006年2月、張凯臣は瀋陽日報社図書発行公司に転勤し、経理のアシスタントとして仕事を始めた。

発行公司に転勤して程なく、同公司が中間層幹部のコンペティションを行った。規則によって、彼は兼職の形で部門担当者の競争に参与することができる。彼は自分の所属している部門を選択せず、さらに「権力のある」弁公室主任のポストに出馬した。出馬直前、彼は当時の弁公室主任に、「僕がもう内定された。お前は出馬を放棄しないと、自業自得になるよ」と脅かした。ところが、皮肉なことには彼が最終的に落選した。

2006年8月、彼は出張の期間中、許可を得ずに公費で吉林省の松花湖、長白山及び遼寧省の大連へ旅行に出た。また、彼は公務の名目で、水増しの接待費を清算し、金を着服した。公司のために横額を作った際、彼は水増しの見積もりをし、2倍も市場価格を上回った。公司責任者は上述の行いを知って、彼を厳しく注意した。その後、公司で彼の評判がますます悪くなり、自分がポストを維持することができるまいと思って、2007年7月に、再度のコンペティションが行われる前に、彼は公司に心臓病診断書を提出し、病気休養の申し込みを出した。後になって、彼は病欠の口実で公司を離れた。

張凯臣の自画自賛や嘘つき、浅薄さと虚栄心は恥ずべきことだとわれわれは思っている。

 

瀋陽日報社図書発行総公司

2010年1月12日

 

添付資料:声明文コピー

 

  
 
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