2012年1月13日払暁、湖南省瀏陽市小河郷打鼓石通りの道端で、頭がない女性死体が燃えていた。瀏陽市は驚いた。警察はすぐに動き出し、78時間後、事件を解決した。誰も思わなかったのは、犯人は被害者の姉夫であることだった。
犯人はどんな人なのか、なぜ妻の妹をそんなに残酷な手段で殺さなければならないのか。
調べた結果、犯人は李遠根といい、別名は李斉争である。1969年1月17日に生まれた。小学校卒業。本籍は安徽省安慶市だった。1992年湖南省瀏陽市に出稼ぎ、工業園で働いたとき、妻陳暁苗とであった。結婚後、李遠根は自分の戸籍を湖南省瀏陽市小河郷打鼓石村に転籍し、婿入りの形で、長期間義理のお父さんの家に住んでもらった。彼は元々おとなしい農民で、仕事も速いし、親孝行もよく出来たし、妻を尊敬したし、義理の親に好かれた。
1998年、知り合いの紹介で、李遠根は法輪功の練習を始めた。あれ以来、法輪功に溺れてしまい、李洪志の法身や円満などの邪説に固く信じ込んだ。1999年7月、国は法輪功を取り上げたが、李遠根は法輪功を練習し続けていた。
10年間以来、李遠根はほとんどの時間を「法の勉強」と「法を広げる」ことに使った。家の農地は手をかけていなかったので、雑草ばかりになった。農作がない時、彼は出稼ぎをせずに、毎日「転法輪」を繰り返して読んでいた。義理の親は病気で倒れても、彼は無視し、病気の原因は業力であるといい、義理の親に法輪功を練習しようと進めて、病院へ行かせないようにした。徐々に、元々幸せだった家族は割れ目が出てきた。それに対し、家族はみんな心配していた。義理の親から法輪功を止めようと何回も助言したが、彼はまったく聞き入れなかった。妻も何回助言して効果が無かった結果、彼と別居した。
妻の妹陳暁茗は姉のために、李遠根の違法行為を何回も阻止したり通報したりした。そのため、李遠根はずっと妻妹を恨んでいた。
李遠根の供述によると、「私は法輪功は不思議な宝物と思うのに対し、陳暁茗は法輪功は偽科学だといい、私が法輪功を勉強することを阻止しようとした。1999年、国は法輪功の練習を禁止したとき、彼女はいろんな手を使って、私を阻止した。法輪功関連書類を全部燃やした。彼女の通報で私は警察に三回も逮捕された。最近、ほかの法輪功メンバーと一緒に法を学んだり、法輪功関係チラシを配ったとき、彼女はまた警察に連絡し、われわれを逮捕した。師匠は言った:大法を破壊する人は魔である。世を逆らう魔は殺されるべきだ。私は陳暁茗こそ、大法を破壊する魔と思ったから、殺意を持ってきた。」
2012年6月19日、湖南省長沙市中級人民裁判院はこの事件の公開審理を行った。
審査の結果、陳暁茗は李遠根の違法行為を何回も阻止したり、通報したりしたため、被告人李遠根に、「大法を邪魔する魔」だと思われた。李洪志の「世を逆らう魔は殺されるべきだ」という邪説に従い、2012年1月8日の夜2時、李遠根は家族が寝た後、陳暁茗の部屋に潜入し、寝ていた陳暁茗の首を絞めて、窒息させて殺した。死体をレインコートに包まれ、ワイヤで梱包し、オートバイクで家から5キロの打鼓石通りまで運んだ。道端の灌木に捨てて、葉っぱ、ゴミを積み上げて死体を隠した後、死体の遺棄場所から逃げた。
1月9日の夜、被告人李遠根は死体遺棄場所に行った。被害人の身分認識に邪魔するため、梱包を開け、被害人陳暁茗の死体から髪のピン、ニセの金のネックレス、ニセの金の指輪を外して河に捨てた。
1月12日夜、被告人李遠根は庖丁とガソリンを持ち、もう一度死体遺棄場所に来た。被害者陳暁茗の首を切り、ガソリンをかけて死体を燃やした。これで事件の解決に邪魔をしようとした。
裁判院からの意見は、中国政府が法律に従い、法輪功を取り上げた後、李遠根は法律を違反し、練習し続けた。反省するどころか、社会の安定を邪魔した。公安の処罰と教育を受けた後、法輪功に溺れ続けた。李遠根は魔を追い払う理由で、他人の命を意識的に奪った行為はすでに故意殺人罪を成り立てた。法律に従い、李遠根を死刑、二年間執行猶予、一生の政治権利を奪う判決を言い渡された。