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Beijing Time:
 
テロ恐怖を発動し、選挙で権利を得た米国邪教(図)
    
2017-03-27  kaiwind.com  筆者:作者:清風(編集翻訳)    

 

重点テーマ:米国のニュースウエブpjmedeia.comは2016年11月7日米国オレゴン州マルトノマ郡(Multnomah

County)共和党主席ジェフ・レイノルズ(Jeff Reynolds)の文章“米国選挙史上の珍事―――邪教が脅しと騙しで参政権を得て危機から脱出――”を掲載した。

 

考えてみて欲しい、ある邪教組織の信徒が赤い服を着て、あなたの村で勝手に不動産やその他を買い取り、いろいろ奇怪な“祝日”を催し、現地の法律部門の管理を拒絶する事態を。この邪教組織はおかしな“儀式”を行ない、公然と現地の法律規程に違反している。あげくにこの邪教及びその頭目は法律面での重圧に対応するため、地方選挙に関与し、現地行政部門に入り込んで法律を変更して自分達の要求を実現しようとした。現地選挙民の拒絶に遭うと、連中は威嚇手段を取り、広範囲な生物的テロを実施し、数百人の現地住民が中毒した。物語の結末も米国史上最悪の犯罪・・・・・謀殺、暗殺、移民詐欺、全米最大の盗聴、最大範囲の集団中毒、である。

絶対に上記の状況は架空の話しではなく、米国選挙史上で本当に発生した事実なのである。この邪教テロ襲撃事件は米国選挙の政治プロセスを破壊し、現地政府と法的執行機構の支配を企て、現地住民の反抗に遭ったものである。

 

この事件は米国オレゴン州のヨスカ県で発生したが、ヨスカ県は広大で人も少なく完全に農業に依存している地域である。現在ここの居住人口は25,000人余り、ダレスはこの県にある都市で、ヨスカ県最大、行政府の所在地である。ダレス水力発電所は米国西海岸最大の水力発電所の一つである。ダレスダムは1957年に完成し、当時現地住民の漁場が水没した。

 

“ラジニッシュキャンプ(奥修教)”ヨスカ県の所在地

1981年のヨスカ県は、人口もあまり変わりなく21,000人程度だったが、“ラジニッシュキャンプ(奥修教)”が郊外に64,000エーカーの土地を購入し、現地を驚かせた。“ラジニッシュキャンプ(奥修教)”はパガン・シュリー・ラジニッシュが創建し、東方の平常心修行と西方の心理治療を融合させ、20世紀60年代に盛り上がった。この教派はインドが起源であり、官憲の圧迫により移転したが、荒涼とした西海岸がこの教派の条件に合っていた。

数年前、連邦政府の文書が公開され、人々が知らないオレゴン州ヨスカ県の“ラジニッシュキャンプ(奥修教)”の秘密が披露された。

 

パガン・シュリー・ラジニッシュは当時新しい場所に自分が理想とする国際的な居住地を探しており、インドでは小さな都市の哲学教授だったが、その後人類意識を向上させる行動を発見し報酬を得て、活力に満ちた“静心営”を創立し、西方人士を引き付けて彼の講座を聞かせ、“静心営”での心理治療に参加させようとした。当時ベトナム戦争が勃発し、世界経済も不振であり、多くの西方人が生活の意義を求めていた。ラジニッシュが訴えた性の解放理念もそうした西方人士に迎合し、彼の知名度は上がった。

胡散臭いラジニッシュ教の評判がますます大きくなる事態を見て、インド政府はこの団体の密売・脱税を攻撃し、ラジニッシュはインドから逃げ出し、信徒の招きにより米国オレゴン州ヨスカ県の“Big Muddy Ranch”に奥義修行地を建設したが、面積100平方エーカーで、オレゴンマドラスから車で1時間の位置であった。

 

ラジニッシュは一つ致命的な誤りを犯した、それはオレゴンの土地使用法を知らず、農地用途の荒れ地に居住地を建設するのは違法だったのである。この最初は普通の法律紛争だったが最後には米国選挙史上最大の犯罪陰謀となった。

 

信徒がラジニッシュ運転のロールスロイスの傍に立つ

邪教の信徒は、ラジニッシュに対して全身全霊を投げ打ち、心の“大師”に自分の全てを捧げ、彼らの理想とする“ウルトバーン式”のキャンプを実現しようとし、挙句はラジニッシュに対して93台のロールスロイス高級車を献納した。まさしく他の邪教組織同様、信徒は教主に洗脳され、長時間の仕事を強制されても、全ては“瞑想”であり、天啓に通じる道筋だと思っていた。

 

キャンプの信徒増加につれて、キャンプの規模はますます拡大し、邪教組織と周辺の県や都市との間にはいろいろな法律問題が発生したが、世界各地から何千、何万という信徒がやって来て、自分達の農場、小型飛行場を建設し、公共交通、商店、ディスコホール、ホテル、禅修行センター、郵便局、水力発電所も作った。

増加する法律紛争がキャンプの継続的な拡大を制約し始めたため、邪教組織は反撃に出る事を決定し、当時隣のアンディローブ村の人口が50人以下だったため、“ラジニッシュキャンプ(奥修教)”としてその村の郵便物受配許可経営権を申請したが、拒絶された。そこで“ラジニッシュキャンプ”は全国各地の放浪者を集めて抗精神病薬物を飲ませ、反対票を投じさせ、対立する議会を解散して乗っ取ろうとしていた。

連中の行動は狂っている。

邪教はヨスカ県行政長官のジェームス・カミーニの謀殺を図ったが未遂に終わった。ラジニッシュ教はまた1985年にもオレゴン州前連邦検察官チャールス・H・ターナーの殺害も図ったが、最終的には実行されなかった。当時チャールスはラジニッシュによるインド人信徒の米国永久居住のため手段を選ばない偽結婚、移民詐欺、不法盗聴などを調査していた。こうした犯罪行為は時々映画で観る事が出来る。

 

ヨスカ県裁判所

アンディローブ村議会の乗っ取り以外にも、ラジニッシュ教は秘密の手段でヨスカ県の政府機構を乗っ取ろうとし、飛行機から爆弾でヨスカ県裁判所を爆撃しようとも考えたが、その後現地の選挙に参加する事にした。小さな村の選挙で勝利するのは容易だからである。しかしヨスカ県巡回裁判所の2,3の席次を獲得するのも大変な事であり、教会と住民が対立している中で、十分な得票を得るのは不可能であった。

 

アンディローブ郵便局の“ラジニッシュ侵攻”に反対した記念プレート

そこで、彼らはテロを選択した。

“ラジニッシュ教”が考えたのは、もし現地の相当数の住民が行動能力を失うか死亡すれば、彼らの投票を阻止出来る、という事であった。これで巡回裁判所の選挙に勝てる。連中は有毒細菌のサモン菌を使って現地数百人の住民を中毒させる計画を作った。この計画は十分詳細で、先ず一組の夫婦で実験してその効果を測定する事も含まれていた。先ず教会を訪ねて来た二人の県委員の飲料水にサモン菌を入れると、二人は中毒し、その内の一人は入院した。

 

邪教信徒の毒物被害に遭ったホテル

その後、連中は散布範囲を拡大し、邪教メンバーは雑貨店及び県裁判所のドアノブと小便器の取っ手にもサモン菌を散布したが、期待した効果は得られなかった。そこで連中は散布方法を考え、1984年9月から10月、現地の10軒のレストランにサモン菌をばらまき、計751人が感染し、その内45人が入院治療が必要となったが、全員命は無事であった。被害者で年齢が最も小さいのは母親から病菌が移った生後僅か数日の嬰児で、当初医者の診断では生存率が僅か5%であった。連中の方法はメンバーの一人がサモン菌が含まれる褐色の液体をこっそりレストランに持ち込み、それからサラダバーの食品に噴き付けるか、或いはドレッシングに混ぜるかであった。犯人はこの液体をサルサドレッシングと呼んでいた。

 

タルスのあるレストランのサルサドレッシングバー

レストランのサラダバーへの毒物投入は1回だけの“試験操作”と考えられ、邪教は病原体をタルスの水道系統に放り込む事も考えていた。もしこれが成功すれば、連中は選挙に近い日に再演する事を計画していた。

しかし最終的にこれらの計画は実施に移されず、現在でもどんな問題が起こったかは解らない。

行動を計画した二人の教会頭目はその後謀殺未遂罪により、20年の禁固刑を受けたが、服役29ケ月に態度良好として釈放された。

事件後1年して、この邪教は解散したが、頭目及びパガン・シュリー・ラジニッシュの私設顧問は潜伏出国した。一部のメンバーは強制帰国後に連邦の法律により罪が確定した。この事件は今でも米国オレゴン州の歴史上最大の刑事調査であり、米国の選挙史上でも最も奇怪な事件の一つである。

備考:

PJ Mediaウエブはニュース及び評論のウエブページである。2005年に成立し、主に政治関連ニュースに注目している。2005年、オスカー受賞者のRoger L.SimonとCharles Johnson及びGlenn Reynoldsが一緒に新しいブログを立ち上げ、先を見通した報道、社説、分析を通じて米国の読者に一連の問題を提起した。メディアの主流派は彼らを不合格ブログ名三つの一つにした。3人はこの評価を否定したが、この名前を受け入れてPJ Mediaが誕生した。PJ

Mediaは最初はブログだったが、現在では発展して無視できないウエブページとなっている。

作者:

 

Jeff Reynolds、米国オレゴン州Multnomah County共和党主席

ラジニッシュキャンプ(英文名:Rajneeshpuram)は奥義修行キャンプとも呼ばれ、米国オレゴン州ヨスカ県にあるキャンプである。指導者パガン・シュリー・ラジニッシュ(Bhagwan Shree Rajneesh、その後奥義修行と改名)の追随者が1980年代に設立され、その指導者の名前をつけた。その宗教の最大の特徴は淫乱の鼓吹である。いわゆる静修とはtantra(簡単に言うとインド宗教で二人の性交を利用する修行方法)の方式で淫乱を行なう。ラジニッシュの蓄財方法は幾つかあり、一つは信徒に求める。彼の貧乏人に対する蔑視から、教団の信徒は皆中産階級か金持ちである。金持ちの子弟に対しては特別で、長い時間を掛けて個別に話し、子弟に全力を傾けて神の事業を支持させる。彼に魅入られて説教された信徒は案の定全ての財産を寄付する。こうした金額がどれほど多いか誰にも解らない。二つは教団内に営利を目的とした基金会を設立した。基金会は最初大量の説教集と録音テープを発行し、彼と教団に多額の収入をもたらし、1974年から1978年の間だけでも、毎日平均13,000文字の説教を行ない、4年間で3,300万字、整理された説教集は336冊となる。一冊の売値は65から2,500ルピーと異なる。90分の説教録音テープは7米ドルであり、重要なものは1巻8.5米ドルである。基金会は更に教主の頭部像を用いて製作した各種の記念品、絵葉書から酒瓶まであり、収入は尋常ではない。それ以外に、基金会はラジニッシュの神憑り治療の精神病診療所を設立し、診察希望者は先を争い、ここからも相当額の診療費収入があった。この宗教はインド、米国で攻撃され、邪教と定められた。

原文参照:

https://pjmedia.com/trending/2016/11/07/how-the-largest-bioterror-attack-in-u-s-history-nearly-derailed-an-election/

 

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