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英国メディア:文鮮明は巨大な商業帝国を建てた
    
2017-05-17  people.com  筆者:盧嘉(編集翻訳)    

核心内容:2012年9月3日統一教の頭目である文鮮明は韓国で病死した。翌日、『毎日鏡報』は調査記者リチャード・ブレチェリの記事を掲載した。記事は文鮮明一生の悪行を回顧し、文鮮明が信徒を洗脳し、金銭を騙し取るといった手段で巨大な商業帝国を建て、本人とその子女による湯水のような浪費をあばき出した。記事は特に英国政府が何度も文鮮明を追放しその入国を禁止した決定に言及し、英国の主要なメディアも彼が家庭を破壊すると告発し、文鮮明と統一教を排斥する態度を取った。凱風ネットによる全文は以下の通りである。

その年92歳で死去した文鮮明は、信徒の洗脳と金銭詐取で指弾された。

 

典礼:文鮮明による集団結婚式の司会

文鮮明は法冠をかぶり、法衣を着け、集団結婚式で千組以上の新婚夫婦に五色の紙片を撒いているが、いささか滑稽に見える。

この統一教の創始者が前世期70年代に西側報道新聞のトップ記事になった時は、既に統一教の親玉として追い出され韓国から出国していた。

この自称救世主は、イエスが自分を選択し、自分を通して異なる国家の見知らぬ人同士を結婚させ“純潔”な家庭を作る事、これが私のこの世での使命である、と述べた。

しかし人々は徐々にこの平和的な願望はその邪教活動を隠蔽するものに過ぎない事を認識し始め、この邪教が脆弱な若者を搾取し、信徒を洗脳し、彼らの財産を騙し取るものであると告発された。

しかも狂った文鮮明が北朝鮮指導者や米国大統領の上客となった時、彼はそれと同時に新聞、テレビ局や軍事工場などを擁する巨大な商業帝国を作り上げたのである。

昨日、この92歳の高齢な“全世界の星”は韓国で死去し、これが統一教の未来を不確定なものにしたのである。

統一教は世界180ヶ国に700万人の会員がいると自称しているが、現在では大体10万の信徒しかいないとの事である。

文享進は文鮮明の最も幼い息子で、同時にその後継者であるが、現在彼と彼の兄弟姉妹及び母親の韓鶴子の間では家族資産争奪戦が展開されている。

1920年、文鮮明は北朝鮮の農民家庭に生まれた。

16歳の時、山の中腹でイエスに会い、後継者に選ばれたと宣伝していた。

その後、また神や仏陀、モハメッドと対話をしたと称した。

文鮮明は東京で工学を勉強した後、布教により北朝鮮政権に逮捕された。

朝鮮戦争の期間、彼は家に逃げ帰り、最初の妻と結婚した。

妻が妊娠してから、教会を設立するため、離婚した。

彼の最初の教会は“広海教会”であった。

 

青年文鮮明

早期の会員は後に文鮮明が、人類は性愛を通して浄化され、彼と性的関係になる事が心身を洗浄する事になると信じていた、と語った。

これに対し、文鮮明は否認している。

1954年、彼はソウルで統一教を創設したが、これはキリスト教、儒教、ラマ教と反共意識形態を混ぜ合わせた邪教であった。かれは婚姻を通して完全な家庭を創造し、全ての宗教を統一する、と述べた。

40歳の年、文鮮明は17歳の韓鶴子と結婚した。彼らは人類の真の父母であると自称した。

多くの集団結婚式で結婚した夫婦は、全て文鮮明が自分で写真から選んだものであった。

このやり方はおかしな結び付きを作る事になり、例えば71歳のアフリカのカトリック教神父が43歳の韓国の鍼灸師を娶ったりした。

1988年、文鮮明はギネス記録に登場したが、これはソウルのオリンピック体育館で6,516組の全く同じ服装の夫婦に対し婚礼を行なったからである。

新婚の統一教徒は、40日間は同室を禁止され、この婚姻が更に高い境地に立っている事を証明するのである。

それから、夫婦は三日間連続の儀式で教主が決めた性交姿勢を続けて婚姻を完成させた。

文鮮明の教義は西側世界にも伝わり、金持ちの子弟の間で流行した。

文鮮明が世界を巡礼すると、信徒の数は急増し始めた。

統一教徒の“愛情爆弾”は人を信者に誘う手段の一つであり、人は孤独感から愛情に満ちた集団の一員となるが、同時に家庭から遠く離れ、財産を上納するのにつながる。

これは一家の家長の怒りを招き、文鮮明の信徒に対する洗脳を告発する人もいた。

その後、信徒が邪教徒に縛り付けられ洗脳されるという一連の報告が出現した。

文鮮明は洗脳告発に対して反撃した。1978年、彼は英国内政省による滞在延長拒否に対する上告に勝利した。

同じ年、労働党議員のポール・ロスは新聞で統一教の名誉に一大打撃を与える文章を発表し、その中で統一教徒による洗脳、乱交、信徒搾取と大衆に対するペテンを指弾した。

 

文鮮明が妻と一緒に

1981年、文鮮明は進退窮まる境地に陥ったが、これは『デイリーポストニュース』が彼による家庭破壊を告発し、彼はこの新聞社を誹謗したが反駁され、しかも最高裁判所が統一教に対して75万英ポンドの訴訟費支払いを要求したからである。

文鮮明は世界で最も富裕で且つ最も影響力を持つ宗教指導者の一人である。

彼は“神は我が内におり、我は神の化身であり”“世界は我が手にあり、我の征服を待っている。”と言った。

彼の帝国には『ワシントンタイムズ』も含まれた。

熱狂的な信徒が義務として募金活動に走り回っている時、文鮮明はニューヨークの豪邸に住み、お抱え運転手が送迎し、豪華ヨットで休日を過ごしていた。

統計によると、彼の個人資産は2008年には6.25億英ポンドに達していた。

文鮮明は右翼指導者にも追従していた。

1974年、彼はワシントンで祈祷デモ活動を組織し、ニクソン大統領に対する弾劾を阻止しようとした。

これ以外に、ロナルド・レーガン、ブッシュ父子もこの“救世主”を気に入り、チリの前独裁者ピノチェット将軍とも非常に近かった。

1991年、文鮮明は自己の一貫した反共教義を隠し、北朝鮮指導者金正日と商売を始めた。

文鮮明はかつて“猫王”エルヴィス・プレスリーと一緒にイエスキリストの映画を撮ろうと持ちかけた事がある。

1984年、文鮮明は脱税により米国で18ヶ月投獄され、名声は急激に落ちた。

その後、統一教はこのスキャンダルから回復出来ず、信徒数は大幅に減少した。

90年代、韓国の貧困者が海外に送られ統一教の婚礼の員数合わせにされていた事が暴露された。

“完全な家庭”も同様に苦境に陥った。文鮮明は他の女性との不倫を指弾され、彼の子女の贅沢な生活も一大ゴシップとなった。

1998年、長男の文孝進が重度のコカイン中毒者であると暴露され、その後45歳の時心臓病で死亡した。1999年、もう一人の息子―――僅か21歳の文栄進が自殺した。

文鮮明本人は1995年英国内政大臣マイク・ハワードによって入国を禁止されたが、最高裁判所はこの決定が違法であると判定した。

その後、文鮮明は教会をブラジルの僻地に移した。従う信徒の数も減り、彼の行動もますますおかしくなった。

2004年、彼はワシントンの訪問客に対し、歴史上全ての皇帝、国王及び大統領、ヒトラー、スターリンは全員全宇宙に向かって“文鮮明牧師は人類の救世主であり、メサイヤであり、帰って来た主及び真の父母である”と述べた、と語った。

2009年、文鮮明は一つの儀式で全世界45,000人に対し婚礼を行なった。

しかし、これらの夫婦や生きている11名の子女が彼の死を哀悼している時、それ以外の人は一人もこの狂った統一教徒に一滴の涙も流さなかったのである。

原文接続:

http://www.mirror.co.uk/news/world-news/inside-the-sinister-moonie-cult-how-1301689

作者背景:リチャード・ブレチェリは30年以上の経歴を持つ調査記者で作家、詳細は

http://www.mirror.co.uk/authors/rachael-bletchly/

 

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