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“父神教”の以前と現在
    
2017-07-13  people.cn  筆者:劉淳淳    

数百人が何故家庭、責任と自尊を放棄し、礼儀と恥を放棄して帰らぬ路に行ってしまったのか?400万元を蓄財し、信徒は全国12の省20余りの地方都市に及び、彼はどうやって“その日暮らし”の普通の人から一歩一歩“父神教”を神話とする至高無二の“王”となったのか?以下でこの荒唐無稽で淫乱な“父神教”を探って見よう。

一、事情の原因

2010年12月10日、安徽太和県では続け様にその県の肖口、大新鎮の民衆から通報があり、家族の中で“神”を信じて家出し、行方不明になった者がいる、との事であった。警察はすぐ調査に乗り出し、何と驚くべき大事件を暴露し、“父神教”という邪教組織を摘発した。

調査で解ったのは、2010年12月8日、太和県大新、肖口、胡総等の鎮で一種の新しく出現した“父神教”という邪教が信奉され、災難が既に到来したとのデマを流し、災難を避けるため、一日の内に、30名余りの男女が“箱舟に乗る”ためひっそりと家出したが、財産を売り払い、家を封鎖し、家族全員で出て行った者もいた。人心は驚き、デマが方々で広がった。事情を更に調べると、太和の警察は家出の人数は増え続け、しかも太和県の近隣である臨泉県、界首市等に及んだ。不完全ながら統計によると、2012年12月8日当日、太和県、臨泉県、界首市等で70名余りが集団で家出したのである!太和の警察の調査によると、この70余名の集団家出は初めてではなかった。以前、山西、河南、陝西でも多数の信徒が災難の到来のため“箱舟”に乗るべく集団で家出し、数百人に達した。

2010年12月31日、八方手を尽くした結果、安徽太和県の家出者の一部は湖北丹江口市に現われた。太和の警察は至急湖北丹江口市に赴き、現地警察の協力の下、容疑者蘇春(男、43歳、安徽太和胡総郷の人間)など4名を確保した。尋問に連れて、全国多くの省と都市に及ぶ“父神教”という邪教組織の手掛かりが初めて明るみに出た。

二、父神教の起源

“父神教”は“全能神”につながる変異組織であるが、その最初の起こりは“喚呼派”から始まる。

1. 李常愛、籍は山東省、20世紀60年代、彼は米国で“喚呼派”を創始した。

2. 趙維山、籍は黒竜江、“喚呼派”初代の“弟子”であったが、1989年他の幹部を誘って一緒に“謀反”して“喚呼派”から脱退し、独立の邪教組織“東方の閃光”、またの名を“実際神”現在の“全能神”を立てた。時は1999年、“全能神”組織の中心メンバーに利益衝突が発生し、趙維山を真似た分派が作られ、ビラを撒いて、そのビラを“神話”と称した。

3. 得勝、正式には肖宝玉、男、身分不詳、話しではこの得勝が“全能神”内部から分かれて来た邪教変異組織の頭目といわれる。彼は2004年、2005年に1人の山西人と安徽太和に来て“父神教”を広めた。しかし、この組織の内部でも伝説であるが、得勝は2005年7月23日に江西のある洞窟で“全能神”組織に殺害されたとも言われる。

4. 得志、姓名は孫志斌、湖北人。2008年4月9日のビラでは“得志は身中の霊の話しが聞ける、第二の神の誕生と呼ばせている”と言う。当時その組織は自称“最後のキリスト”或いは“団体キリスト”と呼んだ。2008年8月8日、孫志斌は“お告げ書き”を始めた。彼は宣伝ビラの中で、家庭の限界を打破し、情感の限界を打破し、男女の限界を打破しよう、と述べ、災難が到来するので、信徒は現実の家庭から出て“エデンの大家庭”に入ろうと呼び掛け、彼は“王”であり、人を真実の神の道に導く、と宣伝した。これが“父神教”の正式な発足を示している。

三、“父神教”の組織体系

“父神教”の組織構造は厳密で、等級はものものしい。上級は下級に対し“絶対服従”を要求し、上同士の連絡で下同士を管理し、下は上の状況を聞く事は出来ず、横の連絡も許されず、メンバー間のやり取りでも相手の本当の身分、家庭、職業といった基本的状況を聞く事は許されない。“父神教”の最上層は“父神”、または“王”と称し、霊名は“勝智”であり、“父神”の身辺の人間は“十二”と称して12名いる。聞けば、十二は、聖書からの言葉で、イエスの身辺で最も信任された12人を指し、12の権力と称する。“十二”は直接“王”に対し、“神話”やその他の指令を伝え、彼等が管理する下級を“二十四”と称し、24名いる。“二十四”は上級の“十二”に責任を負い、四十八に対して“神話”やその他の指令を伝え、“四十八”の管理を行なう、“四十八”は管理層の最低職位であり、48名いて、“二十四”の管理を受け各地の教会を管理し、上級からの指令、“神話”を伝える。それ以外、各地の教会は管理層の序列には入らない。教会内部の管理人員は一般に4名で構成され、責任者は“工場長”と称し、新メンバーの獲得を“募集”と称し、新メンバーを洗脳する者を“老師”と称し、情報伝達と事務管理を行なう者を“理財”と称した。

四、“父神教”の謎めいた活動

“父神教”の初期メンバーはキリスト教或いは“全能神”の史跡を信奉し、年齢的には中老年が主体で、メンバー間は血縁関係が多数を占め、夫婦、父母、いとこ同士、嫁同士であった。初期は農村が主だったが、徐々に都市住民に浸透し、若年化、知識人化が趨勢となり、上層人員が主に活動し、大中の都市に居住した。組織の中で家出して来た下層メンバーは多くが旅館、賓館、スーパー、洗車といったサービス業種で働いて収入を得ていて、多くが午前午後合わせて一人分となる形で仕事をして、時間を空けて“飲み食い神話”の集会を行なうのに便利であった。

“父神教”は不定期に集団活動を行なった。信徒は昼間働き、午後或いは夜間に、公園や広場といった公共の場所で、条件が合えば個人の家で、小さい範囲の2から3名で集まり、お互いに交流して体得し、紙の材料を使わず、時間は半時間程度であった。メンバー間の交流は合言葉を使って行なわれ、実名を使わず全て“霊名”で代替した。例えば“王”は“勝智”と言い、“十二”はそれぞれ“勝初”“得春”“勝燕”“勝青”“勝犂”“勝麗”“勝毅”“勝民”“勝藍”“得成”“勝善”“勝尋”であった。しかも下級は上級に質問する事は絶対に不可で、同級同士でもお互いの質問は不可であった。活動面では“交通”は集会を指し、“お父ちゃん”は天父を指し、“糧”は伝達する資料や歌曲を指し、“環境”は問題を指し、“角を曲がる”は集合を指し、“修理隊伍”は殴打や罵声を指し、“実行”は性生活を指し、“入院”は逮捕を指した。

五、“父神教”の現実的危害

一つ目は肉親の情を拒絶し、家庭を破壊する。“子供達に対しては、母親の責任が取れず申し訳ない、夫に対しては、長年離れたままで、妻の義務を行なえず申し訳ない、家庭に対しては・・・”湖北襄陽で活動した“父神教”幹部の高暁萍は逮捕後こう泣き叫んだ。彼女は、数百名の信徒同様、“家出”して“王”に従い、家庭、責任、自尊を放棄し、恥まで捨ててしまった・・・。高某、男、46歳、安徽省太和県大新鎮の人、2010年妻と8歳の娘を連れて家出失踪し、娘は幼くして学校をやめ、長女は嫁入りして結婚、子供を産んだが夫婦二人が帰らず、金は一銭も盗まれなかった。“父神教”の信徒の中で、仕事遅れ、田畑荒廃、家庭放棄、学校放棄といった現象がよく見られる。

この組織で、一家全員で家出した信徒の中には、“家出”を信奉して敷地建物を一緒に売り払ったのもいて、大多数の家庭では身内もどうしようもなく、ひどい貧乏となり、家の建物が荒廃し、倒壊するのもあり、家庭と社会に大きな危険や現実的危害をもたらした。

二つ目は精神制御と多数の淫乱である。長期間の家出で“大家庭生活”に参加した信徒、特に幹部信徒を制御するため、組織は“自由な性生活”を宣伝し、男女の限界を打破する事を提唱し、同じ階層の男女は自由に結合してもよく、上級者は男女信徒の私通を指令し、高級な頭目は“神”の名目で女信徒に“降臨”し、夫婦の間でこの事により恨んだり嫉妬したりしないよう要求し、心が別れても平然としているよう要求した。“父神教”はこうした行為を“実行”と称し、解釈として、“実行”は一種の必然であり、一種の“父神”信仰の昇華である、と述べた。信徒を惑わすため、“王”は自己の妻女と他人の“実行”を段取りし、自分は十七八名の女性と関係を持った。信徒は“洗脳”され、精神を制御され、容易にはこの組織から抜け出せず、重病や老齢によって組織から郷里に返されても、口を閉ざし、邪教組織の一切の活動の供述を拒んだ。多くの信徒は“家出”の観念を注ぎ込まれ、長期間家庭と本来の生活環境から離脱し、肉親の情を絶って一心に“王”に向かった。

三つ目はひどい蓄財で社会を乱した。鄭彩麗、女、45歳、安徽太和人、“父神教”の“二十四”に位置して山西省を担当し、2015年以来山西呂梁市から上級の“十二”に対して33万元を納めた。陳桂英、女、47歳、四川内江人、2015年以来新疆、河南、山西、四川、陝西の信徒から39万元の奉納金を集めた。不完全な統計であるが、“父神教”は近年460万元蓄財し、“王”個人は100万元余りを儲けたが、それには基層信徒が奉納した大量の実物と金銀首飾り等は含まれていない。

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