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門徒会が黎邦武を36歳に定めた
    
2017-07-21  kaiwind.com  筆者:穿石    

2002年10月11日重慶市彭水県靛水郷迎豊村の黎邦武が逝去した。その年彼は36歳、人生最盛期なのに、何故妻と子供、父母を残してこの世から去ったのか。病魔が彼の生命を奪い去ったのか?そうでもあるが、それが全てではない。“彼は死ぬべきではなく、邪教の‘門徒会’が彼に早く‘行かせた’のだ”、この事になると同じ村の人々は皆ため息をついてこう言った。

迎豊村は山深い所にあり、交通も不便で、当地の農民は代々辛い農耕生活を送って来たが、簡素で純朴であり、黎邦武の家も例外ではなく、先祖から彼の代まで農業で生計を立てて来て、家庭は裕福ではないものの、最低限の暮らしは確保して来た。一家老少、日々は清貧だが平安であった。月に満ち欠けがあるように、人には旦夕の禍福がある。1996年黎邦武が患ってから、この家庭は遂に往年の平静を取り戻す事は無かった。

1996年8月のある日、黎邦武は何時もの通り夜明け前から耕作に出て、夕方疲れた彼は家に帰ってそそくさと夕食を済ませて眠りに就き、すぐに夢見状態になり、真夜中に“悪鬼”が彼を追いかけて来る夢を見た。逃げる途中で隠れても“悪鬼”の追及から逃げられず、あっという間に目が醒めたが、汗びっしょりであった。この後、彼は病気になり、全身がだるく、咳が止まらず、家が貧しい事もあって、当初は病院には行かず、薬草で養生していた。こうして一ケ月余り経ったが、黎邦武の病状は好転せず悪化し、しょっちゅう胸が痛み、咳もひどくなり、時々痰に血が混じるようになったので、家族は驚き、頼み回って金を集め、彼を病院検査に送った。検査結果は間もなく判り、肺結核であった。医者は薬を処方し、彼と家族に、肺結核は現在では大病ではなく、正しい治療を行ない、保養と休息に注意すれば、治癒に大きな問題は無い、と言った。

しばらくの治療により、黎邦武の病状は少し好転したが、家では働き手が一人少なくなり、また魚や肉、粉ミルクといった栄養食品の値段も安くなく、この貧しい家庭への圧力は大きく、すぐに赤字となった。こうした苦しい状況に対して、黎邦武は恨み、焦ったが、恨みは自分の病気で家庭がおかしくなった事、焦りはどうすればこの苦境を解決出来るか考え付かない事であり、日々欝々として楽しめず、時にはつまらない事で妻子や父母と口喧嘩になり、家庭は以前の平静を失った。がたがたした生活で数ヶ月が過ぎ去り、正月が近い頃黎邦武は思わない“喜び”を得て、再び生活に希望が持てた。

この年の春節は何時も通りであり、出稼ぎに出ていた村民も家に戻って来た。黎邦武も時々出掛けてなかなか会えない旧友達と久闊を叙していた。ある時、村を歩いていると、村民が数人集まってひそひそ話しているのが目に入り、好奇心から傍で聞いてみた。彼等は神秘的な“三贖キリスト”教会について話していて、この教えに入れば薬や注射も不要で、病気は自然に良くなり、一斤500グラムの米で大の男5人が一日食えるという。こうしたまともではない理論に黎邦武は強い興味を覚え、ちょうどどうすれば自分が肺結核と家庭の困難な状況から一挙に脱する事が出来るか考えていた時であり、進んで話しの輪の中に入り、自分の情況を紹介した。周りの村民は皆“三贖キリスト”に加入するよう勧め、何度も“この村から向こうに行っても機会が無い”“縁は偶然ほどではない”等々と鼓吹した。黎邦武は完全に説得され、“三贖キリスト”に加入した。

これ以降、しょっちゅう“三贖キリスト”の信徒が彼を訪ねて来て、“三贖キリスト”の書物を差し出し、どう祈祷するかも教えた。黎邦武の家はだんだん“三贖キリスト”信徒の集会場所となった。

1998年、黎邦武の結核は意外にも“好転”(後に家族が言うには実際には彼の精神作用に過ぎなかった)し、彼は小躍りして喜び、“三贖キリスト”が宣伝する“祈祷治癒”を信じて疑わず、酔ったように“三贖キリスト”組織の活動に参加していった。

病状好転という“仮想”は結局あだ花に過ぎなかった。2000年になると黎邦武の結核は悪化し始め、一晩中咳が止まらず、痰に混じっていた血は大量の出血へと変化した。家族は慌てて病院治療を強く勧めたが、彼は始終動じる事無く、敬虔に祈祷すれば“神”の庇護が得られ、百病は消え、凶は𠮷となる事だけを信じていた。このため、彼と家族は激しい言い争いとなった。しかし他方では、祈祷にやって来る信徒がますます増え、強烈な“祈祷”の雰囲気の中、彼は“神”に慰撫されている感覚があった。

2002年、病状の一層の悪化につれて、黎邦武の身体は完全に壊れ、痩せ細り、弱々しくなっていた。村民はよく彼が棒切れと共に弱々しく村の外れの黄角樹の下に座り込んでいるのを見たが、眼は虚ろで何かを話していて、敬虔に祈祷しているようでもあるが、何を念じているかは誰にも解らなかった。

初秋に入ると、黎邦武は臨終に近付き、弱り果ててベッドに横たわり、話しも出来ず、ただ右手で空中に“十字”を描き、左手で壁を指さしたので、妻は理解したつもりになり、壁に架けてあった“三贖キリスト”の十字旗を取って彼の手に渡すと、この時突然残った力でその旗を振り、床に落とすと、顔に凄惨な苦笑いを浮かべ、最後の息を・・・・・

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