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彼は神の懲罰を恐れて舌を噛み切った
    
2017-08-03  kaiwind.com  筆者:閻清    

20037月のある夏の夜、夜のとばりが降りたばかりの頃、内蒙古烏藍察市察右後旗錫勒郷馬房溝村の村民達はもう休んでいて、テレビを視る人もいたが、悲惨な叫び声が静かな夜空に響いた。村民達は家を飛び出し、声のした村民の楊志雷の家に来てみると、楊志雷は満面血だらけで狂ったように転げ回っていて、床も方々鮮血が飛び散り、なんと、楊志雷は自分の舌を噛み切ったのであった。 

楊志雷と言えば、運命は本当に人を泣かせるものである。楊志雷は1965123日生まれ、幼名は成龍であった。母親は盲目で、孤児と寡婦は助け合っていたが、人の紹介により、小さな成龍を連れて馬房溝村に嫁入りした。成龍は小さい頃から聡明利発だったが、家が貧しいため、小学校を卒業すると学校をやめて父母と一緒に畑仕事や家畜の世話をした、親戚の皆は彼が小さい物をいじくり回すのが好きなのを見て、父母に彼をラジオ修理の勉強に行かせた。何年か学んでから楊志雷は家に戻り、両親と農作業をしながら村で家電の修理をしていた。彼は腕が良く、積極的だったので村人達は皆彼を気に入り、誰かの家の電気製品が故障すれば彼に修理を頼んでいた。1988年、テレビドラマの西遊記が放送されたが、村ではテレビの無い家が多かったので、楊志雷は商店から壊れたテレビを一台買って来て、修理の上正常に見えるようにしたので、村民達は皆彼の家に見に行った。 

30歳の時、人が紹介して近くの集寧区楡樹湾村の薛という口のきけない娘が楊志雷に嫁いだが、この娘は楊志雷の家が貧乏なのも厭わず、頭が良くて料理も上手、理髪も出来たので、生活は賑やかであった。19976月、二人に息子が生まれて鵬鵬と名付け、村中の人も喜び、楊志雷の前半生は苦労ばかりだったが、後半生は幸せだと言っていた。 

1999年の頃、村では外から来た人間が福音を伝授し、村民を全能神という教会に勧誘した。連中は村民に、まもなく世界の末日が来て、その時神は人に対して懲罰を与えるが、神を信じれば加護が得られ、地球壊滅にも生き延びられ、その身内も保護される、と言った。年取った村民はあの頃の悲惨な経緯を記憶していて、“信心は良い後世を毀してしまう!”と言った。当時楊志雷の母親は病が重く、楊志雷は親孝行であったため、あらゆる手を使ってでも母親の回復を希望しており、やって来た教徒が、全能神は万能の神であり、神を信じれば全ての病気が治り、平安を得られる、と言った。それから数人の全能神教徒が毎日楊の家に集まり、母親を世話して神に祈祷すると、母親の具合が軽くなったように思われ、楊志雷の教育レベルは高くなく、全能神も解らず、最初は半信半疑だったが、母親が良くなったので、徐々に全能神を信じ始めた。楊志雷は思い込みが激しく、他人が信心しても問題は無いが、彼が一旦信じると、一心不乱に全能神の教義を学習研鑽し、彼の家は一つの拠点となって集会や読経が行なわれ、また外出して福音伝授も行ない、家は荒廃し、人が家電の修理を頼んでも引き受けなかった。 

母親の死、妻の離散により楊志雷は一層災難の到来と、世界末日の兆しだと考えた。一日中自分の“過ち”を点検し、世界末日の時に救われない事を恐れた。20037月のある日、作物の収穫の事で村長が楊志雷に文句を言い、楊志雷も口答えをした。その夜、楊志雷は面倒を引き起こして神の懲罰を受けるのではと思い込み、考えるほど怖くなり、遂に自分の舌を噛み切った。 

楊志雷は村では人との縁が良かったので、皆は彼が舌を噛み切って転げ回っているのを見て、急いで落ち着かせると共に、30元、50元と金を出し合い、親戚が彼を集寧の地区病院に連れて行って縫合手術を受けさせたが、良くなってからも、発音ははっきりしなかった。 

退院後、村に帰ってからも家に閉じ籠って何処にも行かなかった。全能神の話しさえしなければ、普通の人と変わらなかったが、一旦話し出すとすぐに神経質になった。世界末日の事になると、強い恐怖感が表われ、神経錯乱になり、再度刃物で口を切って血だらけとなった。村民達はそれを見て、相談して彼を附近の丹岱の養老院に入れた。養老院でも、楊志雷は狂気じみていて何事かを口走り、外に逃げ出したり、一日何も食べなかったりして身体が悪くなり、2010年、孤独で不幸の多かった楊志雷は養老院で病死、享年僅か45歳であった。 

 

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