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法輪功が宣揚した主要な屁理屈と邪説

2009-02-24

李洪志は自分が宇宙でも最大の神だと言っている。

李洪志は自分で神化し、8才の時、上乗大法を獲得し、大きな神通力を具し、運搬、物品固定、思惟制御、身隠し等の功能をもっていると自称し、「功力が極めて高次元に達し、宇宙の真理を悟り、人生を洞察し、人類の過去?未来を予知している。」(李洪志先生プロフィール)

李洪志は「わたしは宇宙の主佛であり」、「わたしは宇宙大法を伝えている」と言っていた。

「今のところ、全世界で正法を公に伝えている人はわたし一人しかおらず、わたしは前人の誰もがしたことのないことをしている」、「わたしがあなたを済度することができないなら、誰もあなたを済度することはできない。」(『轉法輪』)

「私は確かにかつて誰もしたことのないことをした。更なる大きな宇宙の根本大法を伝えた」。「これらの理論は世界上のあらゆる本をめくり尽くしても、世界中の全ての学問を学んでも、学ぶことのできないものである」。(『シドニーでの講法』)

彼は自分が釈迦牟尼、イエスキリストより数倍も高い神通力を持つ神であり、法輪功は人を済度し、天国へ行かせる唯一の「正法」と公言している。彼は「誰もしたことのないことをした。更なる大きな宇宙の根本大法を伝え」、「人に天に上る梯子を残した」と揚言している。(『轉法輪』)

李洪志は自分が地球上のすべての種を新しく作り、「新しい地球を作る」ことができ、「私が今日行なっているこのことは全地球にいる人間や物質を全部良くするということである。私にこのことができる」と言っている。彼はまた「地球を残したいのであるが、どのように残すのだろうか?皆さんの修煉と同じように、皆さんの体を演化していると同時に、新しい地球をも造っている」と言っている。(『北米第一回法会での説法』)

2002年3月、李洪志は『北米での巡回説法』の中で、「宇宙がいくら大きくても、私より小さいのである」、「多分宇宙までなくなった時、私だけが残っている」、「私が誰であるかは誰も知らず、私も私が誰であるかを知らない」、「私がいなければ、宇宙も存在しない」と言っている。

彼は「私には無数の法身があり、私と同じような姿をしている。法身は別の空間にあって、当然大きく変わったり小さくなったりすることができる」と揚言している。(《シドニーでの講法》)

彼は甚だしきに至っては、「この本の中の文字一つ一つに私の法身があり、どの文字も私の法身の形象なのである。どの文字も佛の形象である。私には無数の法身があり、私の法身は数字では数え切れない……どんなに多くの人でも私は面倒を見てあげることが出来る。全人類でも私は面倒を見てあげられる」と言っていた。(『シドニーでの講法』)

まもなく地球が爆発し、世界が崩壊する。法輪功を信じてこそ免れる。

法輪功は世界末日論を宣揚し、地球がまもなく崩壊し、人類は八十一回も完全に壊滅された状態に陥り、李洪志が地球の爆発日を遅延することができると述べている。

李洪志は「前々回の地球爆発がわたしの師の師に定められ、前回の地球爆発がわたしの師に定められたが、今回の地球爆発はわたくしが定めたものだ」と言っている。

法輪功は、「人間がもともと宇宙の高級生命であったが、過ちをしでかしたため、宇宙のごみ収集所、地球に落ちてしまった。地球が腐ったリンゴである。現在、人間が極めて危険な境地に直面しているが、法輪功を修煉するならば、地球から逃れ、圓満状態に達し、天国に帰れる」と宣揚している。

「地球は宇宙の一つのごみ収集所なのである。宇宙の中での良くない人は下へ落ち、宇宙の中心、地球へ落ちて来たのである」。(『轉法輪』卷2)

「境地が非常に高い生命が人間をごみのように見ている。」(『北米第一回法会での説法』)

「あなたを苦痛から天国に済度し、それは真正で根本的な人間の苦痛問題への解決である……現在、われわれ人類の生存空間とその他の多くの空間はみな極めて危険な境地にあり、このレベルのうち、その他の空間も同様で、早めに逃れる必要があり、それも高次元に達しようとしており、次元を高めると、逃れることができる。」(『轉法輪』卷2)

「人が若し更に滑り落ちて行けば壊滅、徹底的な壊滅に臨むことになり、それは形神全滅と言い、とても恐ろしいことだ!だから佛は人を済度しようとし、つまりあなたがこのような絶境に臨まないようにさせ、あなたを人間の苦痛の中から済度し天国に到らしめ、それが真に、根本から人間の苦痛問題を解決するのである。」(『シドニーでの講法』)

法輪功を信仰するならば、その他の知識と情報を受け入れてはいけない。

法輪功は、学習者が法を専一に学び、その「経文」を繰り返し繰り返し暗誦すべきだと強調しており、学習者が法輪功以外の情報を受け入れるのを厳格に禁じている。したがって、学習者は多くの時間を使って法輪功を学習し、テレビを見ず、新聞?雑誌を読まず、大脳に法輪功の説教でいっぱいになっている。

「われわれは、修煉は専一でなければならないと言っているが、どんな方法で修煉するにしても、他の法門のものを混ぜて、いい加減に修めてはいけない」、「修煉は厳粛なことで専一でなければならない。」(『轉法輪』)

「私は不二法門を説いたことがあるが、専一に大法を修煉することができなければ、大法の中で圓満成就することができない。」(『北米第一回法会での説法』)

「大法以外のいかなるものにも執着したら、中途半端になり、何も成し遂げられない。」(『ヨーロッパ法会での講法』)

ある時、学習者が「われわれ修煉者が佛教、道教の経から何かを吸収することもできるのだろうか」と聞いた途端、李洪志は「絶対許しない。絶対許さない!」と答えた。

法輪功を修練するならば、七情六欲を放棄し、正常な生活を変え、怪人にならなければならない。

「修煉は、錬磨の中でこそしなければならない。常人の持っている七情六欲を放棄することができるかどうか、それらに対して淡々としていられるかどうかが問題である。どうしてもそれらのものに執着するのであれば、修煉を成就することはできない。すべてのことには因果関係がある。人間はどうして人間でありうるのだろうか?それは人間には情があり、人間は情のために生きているからである。肉親同士の情、男女の情、親の情、感情、友情など、何をするにしても情が重んじられ、情を切り離しては何ごともできない……この情を断ち切らなければ、修煉することはできない。」(『轉法輪』)

「肉親への愛、友情、愛情、親心……これらの常人が執着するものを軽くみるべきである。」(『北京の発行記念式での講話』)

「修して名利情を去り、圓満(成就)して蒼穹に上る」(『洪吟?圓満功成』)

「親族の情に執着するならば、必ずそのために疲れ、まとわり付かれ、魔がさして、その情の糸をつかんで一生をかき乱されるのであるが、年を取って悔いたところで遅いのである。」(『修者忌(修める者の忌)』)

法輪功の修煉を阻む人は「魔」になり、法輪功を信じない人は末路がよくない。「大逆の魔」は殺してもよい。

李洪志は「大法を阻害する者は魔である。大逆の魔は殺すべきである」(『法輪大法義解』)。「魔に邪魔され、修煉を許してくれない」、「家でも魔にコントロールされえる」と述べた。

「人がこの一歩に至ったのに、法を得ようとするならば、その魔はそうなってほしくない、彼はあなたを阻害しようとするのだ……各方面の要素は皆一種の阻害作用をしている。」(『法輪大法義解』)

「邪悪は救いようがないことろまで来ているならば、レベルの異なる各種の方式を以って制止し、取り除く……邪悪を取り除くことは法を正すためであり、個人修煉の問題ではない。」(『忍ぶに忍べない』)

「生死を放下することができれば、あなたは神であるが、それができなければ、あなたは人間にほかならない。」(『オーストラリア法会での説法』)

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