法輪功の最も際立った犯罪行為は人権を侵害し、人を殺害することである。
李洪志に精神的にコントロールされたため、すでに200数名の法輪功学習者が自殺したことが明らかになった。
大雑把な統計によると、1999年7月22日前に、全国では、法輪功を修練し、「生死を放下し」、自殺による死亡者は合わせて136人に達し、その中、焼身自殺者が4人、崖やビルから飛び降りて自殺した人が38人、車から飛び降りた人が1人、川や井戸に身投げをした人等が26人、首を吊って自殺した人が25人、絶食による死亡者が2人、服毒者が28人、腹を切開したり自己切断をしたりレールの上に寝て自殺したりした人などが12人であった。1999年7月23日から2001年3月1日にかけて、また103人が「天国」に上るため自殺して死亡した。
●劉永鳳は遼寧省大連市甘井子区廟嶺耐磨合金工場で働いていた労働者。法輪功を修練した後、いつも「末劫時代」の到来を恐れたため、心神喪失になり、1997年8月23日に、液化ガスボンベに点火して焼身自殺した。44才であった。
●楊秋貴は江西省余江県人。1996年10月にイギリスへ留学に行って、博士コースに入った。インターネットを通じて、法輪功を学習し始め、1998年6月1日に、ドイツフランクフルトで「大法を発揚」した際、ビルから飛び降りて自殺した。26才であった。
●王秀雲は河北省唐山市新星紡績本工場の定年退職労働者。法輪功を修練した後、いつも「生きたくない、昇天するわ」、「蓮華座が天に翻っていて、上がっていたら仙になるわ」などを口にしていた。家族は事故などが起こることを心配し、昼も夜も監視していた。1998年1月24日に、王秀雲は家族の不注意を見て、ビルから飛び降りて自殺した。50才であった。
●馬建民は華北油田の定年退職従業員。法輪功を学んでから、常に「胃袋には回っている法輪がある」と考えていた。1998年9月4日に、「法輪」を見出すために、はさみで切腹して死亡した。54才であった。
●馮立鳳は天津市薊県劉家郷の農民。法輪功に夢中になった後、常に1羽のタカが自分の頭をくわえていると感じ、夫に「学習すればするほど怖くなるが、怖ければ怖いほど学習していきたい」、「天に昇るつもりだ」と言っていた。1999年3月31日に、馮が手首を切った後、水に飛び込んでは死亡した。32才であった。馮立鳳は血書の中で家族に対し、「よく大法を学ばなければならない」と書き残した。
●劉品清は遼寧省東港市の生まれ、高級な農芸師。法輪功を学習した後、常に「李洪志師父に「圓満」しなさいと言われている」と考えていた。1999年4月27日に井戸に身を投げて死亡した。58才であった。
●李友林は吉林省東遼県安恕鎮の農民、法輪功に夢中になっていた。1999年5月21日に、李は妻に、「明日(旧暦4月8日)は師父の誕生日で、私は師父の誕生日を祝いに行って、焼香してくる」と言った。翌日、李は首を吊って自殺した。48才であった。現場には李洪志の肖像画と燃え尽きていない線香が7本残っていた。
●常浩馳は山西省石炭幹部管理学院の学生。1999年7月4日に、自分の法輪功修練が「圓満成就」し、「昇天できる」と思い、同修の李進忠(50才)と座禅を組む姿勢で向かい合って煉功し、焼身自殺した。27才であった。
●譚一輝は湖南常徳の生まれ。法輪功に溺れており、李洪志に惑われたため、2001年2月16日に、北京の万寿路で焼身自殺した。26才であった。
●駱貴立は広西軽工業学校家電98クラス冷凍?エアコン学科の学生。2001年7月1日に、駱貴立は「執着を取り除く」ために、南寧市民族広場で焼身自殺した。彼は「何の理由もなく、私が大法を学んだことがあるだらだ」と言っていた。
●李暁英は河北省石家庄市の法輪功学習者。2005年11月2日に、彼女は北京市南長街南口東側の歩道で焼身自殺した。
法輪功の精神的なコントロールの下で、李洪志の言論は彼らが自殺した原因となっている。
「修練の最終目的はほかでもなく、得道して圓満成就することである。」(『轉法輪』)
「生死を放下することができれば、あなたは神であるが、それができなければ、あなたは人間にほかならない。」(『オーストラリア法会での説法』)
「皆さんが圓満成就する時、人類に一つの壮挙をもたらしたいと考えている。私はこう考えている:すべての大法の弟子は身体が要るかどうか構わず、身体を持って昇天する。身体の要らない者は空中で「虹化」してから、飛び去る。」(『ヨーロッパ法会での講法』)
1998年7月5日に、李洪志は海南省の法輪功学習者が功を伝えるために三亜へ行く途中で交通事故が起きたことに接し、法輪功の元海南站長蒋暁君への手紙の中で、「私の8人の弟子はすでに圓満成就し、彼らに属する異なった世界に行った」と述べた。(実際には死者7人、負傷者1人)
法輪功は夢中になった者を走火入魔に導き、他人を殺害させた。殺害された人はすでに30名を上回っている。
●王学忠は湖南省嘉禾県に生まれた法輪功学習者。1996年8月23日に、王学忠は突然、父を「魔」と見なして、刀で年を取った父の頭、首、胸などを17回切り続け、その場で死亡させた。
●蒋朝俊、姜秀霞は黒龍江省鶏東県の農民夫婦。二人はともに法輪功に夢中になった後、毎日天に昇り、仙人になろうと考えていた。1997年12月3日の夜、蒋が匕首で妻を殺した後自殺した。わずか13才の娘と10才の息子は孤児となった。
●呉徳橋は江蘇省呉江市購買販売協同組合の従業員。1998年2月26日の夜、自宅で法輪功を学習した時、妻に制止された。呉は煉功時、そばに女性がいたら影響を受けると思って、残忍に包丁で妻を殺した。
●董寧は山東省威海市長虹電機会社の従業員。「法輪大法」の修練がすでに「圓満成就」したと思って、1999年1月7日に、鋳型で同僚を怪我させ、その翌日また父を追いながら切った。彼の父はちょうどよい時に身を交わしたため、幸いに難を逃れ彼はさらに刀を持って隣人の母子二人を傷つけた。董は「ある人からわたしに、身内の人や友達を殺せ、一人を殺しさえすれば、「圓満成就」でき、「人を済度」できるようになると言われた」と言った。
●李亭は河北省承徳市の法輪功学習者。1999年3月20日に、残忍に生みの親を殺害した。彼は「私の両親は悪魔で、わたしは仏陀である。私はこの二人の悪魔を取り除くべきだ」と語った。
●朱長久は河北省任丘市青塔郷の法輪功学習者。1999年11月26日に、両親に自分の法輪功学習書籍を焼却されたため、両親を自宅で殺害した。
●佟岩は遼河油田給水会社の従業員。1999年12月16日の夜、法輪功におぼれた佟岩はわずか6才になった娘徐澈ちゃんをベッドの上で殺し、「昇天する、昇天する」と口のなかでぶつぶつつぶやき続けた。事件発生後、佟は「ある悪魔から、もしあなたは娘を殺したら、仏になると教えてくれた」と語った。
●袁潤甜は広東省番禺市欖核鎮の法輪功学習者。煉功によって、走火入魔になった後、同村の老人である黄帯勝さんをその他の空間で自分を侵害した魔と見なしていた。2000年2月6日に、袁は刀を持って黄帯勝に重傷を負わせた。
●蘭雲長は広西省融安県大坑道郷珠玉村の法輪功学習者。2001年4月16日に、斧で同村の独りぼっちの老人韋少明を切り殺した。蘭は「私は彼を法輪世界に行かせて、よい生活を過ごさせている。彼が先に行ったが、私はまもなく昇天し、圓満成就する」と語った。
●関淑雲は黒龍江省伊春市の生まれ。2002年4月22日に、関淑雲は「圓満成就」し、「白日飛昇」するために、いわゆる「悪魔除去」を実施し、40余名の同修を前に、9才未満の娘を魔と見なして、無残に自分の手で絞め殺した。
●陳福兆は浙江省法輪功学習者。2003年5月25日から6月27日までの1ヶ月間、自分のいわゆる法輪功の修練功力を引き上げるために、毒物混入の方式で15名のくず拾い?乞食と1名の仏教信者を殺害した。
これらの法輪功学習者はなぜ人を殺すのか。李洪志は彼らに次のように教えている。
「人類が堕落しているから、至るところに魔が現われている。」(『轉法輪』)
「妨害している魔がいて、あなたに煉功させないのである。」(『轉法輪』)
「身内の人は魔などに制御されている可能性がある。」(『轉法輪法解』)
「大逆の魔は殺すべきである。」(『法輪大法義解』)
「邪悪は救いようがないことろまで来ているならば、レベルの異なる各種の方式を以って制止し、取り除く……邪悪を取り除くことは法を正すためであり、個人修練の問題ではない。」(『忍ぶに忍べない』)」
1000数名の法輪功学習者は李洪志の「業力消去説」を信じて、医薬を拒んだため死亡してしまった。
法輪功によって人の心が踏み躙られ、命が殺害された。多くのすばらしい願望を持って法輪功の落とし穴に陥った人々は邪教に溺れたため、治療と薬を拒み、命を失って、人生の悲劇をもたらされている。もともとはこれらの人々は病気に罹った時、治療を受けさえすれば、みな救われる可能性がある。しかし、彼らは自己の判断能力を失い、ますます邪教法輪功に陥った後、自分の生命を悪魔に手渡したのに等しく、それから死亡への道に足を踏み入れたのである。
●李樹林は遼寧省錦州市石化会社の法輪功学習者。1994年8月にはるばるハルビンへ李洪志の「説法」を聞きに行き、授業の途中で突然脳血栓が発病して倒れ、彼の親族は何度も李洪志に功を発し、治療してくださいと求めたが、李洪志は煉功による正常な反応で、注射したり薬を飲んだりする必要がないと答えた。その後、タイムリーに救われなかったため他郷で死んでしまった。
●劉鳳琴は天津郵便電信器材工場の定年退職者。法輪功を学習した後、自分が「常人」でないと思っていた。交通事故で大腿骨折になった後、断固として病院に行かなかった。彼女は「もう少しで大法が成就するため、入院させられるなら、頭を壁にぶつけて自殺してみせる」と言った。結局、病状がますます悪化し、1997年12月27日に死亡した。60才であった。死ぬ前に「師父、私を救ってください。師父!師父!」と叫び続けた。
●肖和梅は遼寧省鞍山駅の従業員、リューマチに罹っていた。法輪功を学習してから、薬を飲まず、注射をしないようになった。かつて3回にわたり全身が浮腫んで、病院へ検査に行きたかったが、法輪功の鞍山補導站の副站長を務めた夫に制止された。1998年6月12日に病死し、42才であった。
●張金生は遼寧省阜新市の農民、法輪功学習者。1997年にうっかりして腕にやけどをしたが、これは李洪志が彼のために「業を消去している」と言って、治療を拒絶した。傷口の感染が悪化したため、敗血症になって、1998年11月27日に死亡した。21才であった。
●柏雲秀は湖南省衡陽市の定年退職の従業員、1995年夏から法輪功を学習しはじめた。1998年7月、柏雲秀が高熱を出し、娘は母を病院に行かせたが、彼女は断固として承知しなかった。同年12月10日に、柏雲秀は病状が急速に悪化したが、依然として自宅で座ったまま「師父」の「経文」を唱えた。どうしても我慢できなくなった後、夫に読経してもらったが、夫が読経しているうちに、柏雲秀はソファーに寝たまま死んでしまった。
●鮮東は海南省牙叉農場の従業員、かつて肝臓病のため入院して治療を受けたことがある。法輪功を学習した後、李洪志の「法身」に保護されていると信じ、薬を飲まず、注射をしなくなった。病状が悪化したため、1999年7月20日に死亡した。35才であった。
●許素珍は遼寧省の法輪功学習者。1997年から、春夏秋冬を問わず一年中、毎日9時間にわたり煉功し続けてきたが、依然としてリューマチに罹った。それにしても、彼女は治療を拒絶し、「これは師父が私のために業を消去してくれている。業が消去られたら、病気もよくなる」と思っていた。1999年6月2日に、危篤状態に陥って亡くなった。49才であった。
●趙学平は北京市海淀区に居住し、かつて乳癌に罹っていたが、治療を受けてだいぶよくなった。法輪功に夢中になった後、「師父」の加護があると信じ、引き続き治療することを拒絶した。1998年8月7日に、病状が悪化し死亡した。臨終の前に、42才の趙学平は悔やみながら、「私の命が法輪功に取られた」と語った。
●王者興は北京歯車工場の定年退職者。1999年6月初めごろ、病気になって熱を出したが、彼はこれを「業を消去している」と思って、煉功し続け、病院に行かなかった。後で息子と娘達は無理やりに彼を病院に送ったが、彼は注射針を抜いて、治療を拒絶した。6月14日に病状が悪化して亡くなった。
●張鳳英は河南省駐馬店市文化娯楽センターの定年退職者。法輪功を学習した後、心臓病に罹っても治療ぜず、李洪志が自分を治愈することができると言い、また治療を勧めてくれた夫を「魔」と呼んでいた。1998年12月4日に心筋梗塞で死んだ。55才であった。
●胡先知は四川省閬中市江南区白塔高校の教師。李洪志の話を至上の命令だと思って、膵臓炎に患った後、腹痛を堪忍して煉功を続けた。タイムリーに治療しなかったため、結局膵臓が壊死して、死亡の原因となった。
●劉淑華は黒龍江省ハルビン市の香坊区に在住していた。法輪功を学習した後、肝炎が再発した時、家族は彼女に病院に行くように勧めたが、彼女は診察してもらったり薬を飲んだりすれば「次元」が落ち、修練が無駄になり、師父も加護してくれなくなると語った。1999年4月11日に、病状が酷くなって治療を受けずに死んだ。52才であった。
●胡広英は女性、上海市の定年退職労働者。2000年7月に、ごく普通の皮膚病である疥癬に罹った。法輪功におぼれたため、治療を受けずに、半年後に死亡した。哀れむべきなことには、同じく法輪功におぼれた彼女の夫である周立成は、依然として自分の妻が「昇天した」と思っている。
●鄺広蘭は広東省韶関特殊製鋼所の従業員。1998年初から法輪功を学習し始めた。彼女は法輪功が万病を治療できるというへ理屈邪説を信じ、煉功してから治療と薬を拒みはじめた。結局、結腸炎の病状が持ち直さないだけでなく、かえって四六時中気がぼうっとした状態になり、相次いで三回にわたり自殺しようとしていた。2001年4月28日に、鄺広蘭は農薬を飲んで死亡した。
これらの法輪功学習者はどうして医療と薬を拒んだのだろうか。李洪志が次のように彼らに教えたからである。
「修練者はもしどこかの具合が悪くなったら、皆さんに教えたことがあるが、それは病気ではない。」(『ニューヨーク法会での説法』)
「病院が業を消すことができず、医者も修練者ではないから、そんな威徳はない。ただ常人のなかで、技術をもっている人で、表面上の苦痛を取り除くだけで、病いは深いところにそのまま留まっているのである。薬を飲むことは病いを身体の中に押し込むことで、それは積み重なっていくる。表面上苦痛はなくなるが、身体の深いところに更に積み重なっていくのである。手術をするのも同じことである。例えば腫瘍ができたので切除すると、これは表面の物質を切り取っただけでその病いを生み出した他の空間にあるものはそのまま動かないのである。」(『シドニー法会での講法』)
「生々世々に積んだ業が病気を作り出したのである。」(『ニューヨーク法会での説法』)
「薬を飲むことはこの病気、表面のウィルスを殺すのである。薬は本当に表面のウィルスを殺すことができる……却って業がそこにたまってしまった。人間は生々世々にこのものを蓄えており、ある程度までたまったら、この人はもう救う手立てもない。」(『ニューヨーク法会での説法』)
以上の様々な事実に裏付けられたように、人権保護を名義にした法輪功は人権を尊重するとは言えないだけではなく、全く人権を踏みつけているものである。