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竜剛は法輪功の練習した結果、息子と川へ飛び降り自殺

2015-04-30 ソース:Kaiwind

1999717日朝6時ごろ、中国西南にある重慶の個人経営者竜剛はただ6歳の息子を抱き、呟きながら、安溪川に飛び降りた。他人から力を尽くして捜索した結果、子供の命は取り戻した。竜剛の死体は三日後、事件現場から1キロ離れた川の閘門で発見され、当時31歳である。 

竜剛、男性、中学校卒業、生前は重慶市永川区双石鎮松林崗村9組に住んでいた。竜剛は元々幸せな家族を持っていた。1991年、彼は妻彭世蓮と結婚した。二年後、可愛い息子が生まれた。夫婦は街で屋台をやっていた。貧しい生活をしたが、仲はよかった。生活は非常に安定していた。 

19975月に、竜剛は母親夏祖蓉の影響を受け、法輪功の練習を始めた(両親は竜剛より数年前早く法輪功の練習が始まった。家に練習ポイントを設置し、練習者を沢山招いた)。 

法輪功に迷ってから、竜剛は耕作と商売に興味がなくなった。商売もほっとければ、耕作もほっといた。毎日法輪功を練習したり、座禅を組んだりしていた。彼は練習するため、一日を三つ部分に分けた。朝430分から630分まで、午後12時から16時あるいは17時まで、夜19時から2130分あるいは22時まで。 

時間が経つにつれ、竜剛の様子はますますおかしくなった。毎日頭の中に神や仙人などだけを思っていた。彼は妻彭世蓮に法輪功の練習も勧誘した。彼は言った:お金を儲けてどうする?李洪志師匠の法輪功は世界中最高のものだ。法輪功を練習すれば、なにもせずに食っていける。妻彭世蓮は冷静に言った:「大人ならどうでもいい。しかし、子供をしっかり養わないといけない。」しかし、法輪功に迷った竜剛から:「いま悟った。子供はもうしらん。」と言い返された。 

 

竜剛の妻彭世蓮 

法輪功を練習してから、李洪志の「名、利、情を捨てよう」という要求に従い、竜剛は自分の母親夏祖蓉に対し、直接名前で呼んでいた。妻彭世蓮からこれはよくないと指摘されたが、竜剛は:「夏祖蓉は夏祖蓉だ。お母さんってなんだい?」と言い返した。 

竜剛はよく地球はそろそろ崩壊する。自分が怖くて、空へ飛んで災いを避けると言った。口に「俺は空に座っている。俺は空に飛んでいる」と呟いたりしていた。 

1999714日の朝、妻彭世蓮は竜剛の様子が非常におかしいことに気付いた。屋台をやっているため、妻はいつも早起きして商売の準備をしていた。朝3時、妻は竜剛に手伝えしてくださいと起こした。竜剛はベッドから飛んできて、妻を掴んで殴った。殴りながら叫んだ:「お前は悪玉だ!悪魔だ!」殴った後、竜剛はトイレに行って、ハエを掴んで食べた。 

竜剛の動きを見た妻は焦って耐えられなかった。すぐに上の階にいる義理の母のところに行った。しかし、竜剛の母親夏祖蓉は息子嫁にこう言った:「外へ話すな。竜剛は関を乗り越えているところだ。二日間過ごせば大丈夫だ。」 

その後、竜剛は妻に胸が痛いと言った。妻は薬を持ってあげたが、竜剛の母親はこれを見て罵った。李洪志から薬を飲んではいけないといったから薬は飲めないといった。 

717日朝5時ごろ、竜剛はおきてからすべての服をぬいて裸でベッドの上で法輪功の練習を始まった。ベッドから飛び降りたり、跳ね上がったりして、「俺は仙人だ」と呟いた。そして6歳の息子を負って、直接外へ走った。妻はすぐに彼を追いかけた。負いながら、義理の両親を呼びつけた。妻は安溪川の橋に来たとき、竜剛は息子を抱き、手すりを越えた。妻は両手を伸ばして夫を掴めようとしたが、失敗した。竜剛は息子と一緒に安溪川に飛び降りた。 

 

竜剛の6歳の息子 

その後、呼び声を聞いて駆けつけた家族と隣人はすぐに川に捜査を始めた。6歳の息子は救われた。すぐに救命措置をかけて命は取り戻した。しかし、竜剛の姿は消えた。三日後、事件現場から1キロ離れた川の閘門の近くに、竜剛の死体は発見された。 

竜剛は元々体を鍛え、商売を振興させようとしたが、法輪功に誘惑され、魔に取り付かれた。結局精神は異常になり、若い妻、幼い息子と年取った両親を捨てて、安溪川で自分のだた31歳の命を終えた。 

しかし、竜剛は死んだ後、法輪功におぼれた母親は彼が法輪功のせいで死んだではなく、死ぬべきだといった。父親は竜剛はこれだけの寿命だといった。お気の毒に、31歳で死んだ竜剛。  

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