文=井上俊彦
中国映画を北京市民とともに映画館で楽しみ、そこで目にしたものを交えて中国映画の最新情報をお届けするという趣旨でスタートしたこのコラムも5周年を迎えることができました。中国社会がモノを消費する時代からサービスを消費する時代へと変化する中、この5年間で年間興行収入は130億元から440億元に急拡大、郊外や地方都市にもシネコンが続々開業して全国的に娯楽の定番となりました。その間にネット予約が当たり前になるなど、映画を楽しむスタイルも変化しています。そうした周辺事情も含めて中国社会の発展をよく映し出す映画は、日本人の私たちが中国を理解する一つの窓口にもなると思います。6年めもできるだけたくさんの映画をご紹介したいと思いますので、お付き合いいただければ幸いです。
「宇宙一の夢工場」に行ってきた
この週末は映画館には行かず、映画仲間と浙江省の横店を訪れました。中国の映画産業は急成長を続けており、すでに米国に次ぐ巨大市場となっています。それを支えているのが「影視城(ムービー?サイト/撮影基地)」で、各地に数多くありますが、その中でも最も巨大で最も有名なのが横店影視城です。1990年代半ばから撮影サイトが造られ始め、今では古代の集落や秦漢代の王宮、清明上河図を元に再現された宋代の開封、原寸大の故宮、明清代の庶民が暮らす街並み、寺院などさまざまなセットが町を取り囲んでいます。
本物そっくりの太和殿。たくさんの宮廷ドラマがここで撮影された
秦王宮。セットといっても張りぼてではなくちゃんとした建物。中央の階段は『英雄 ~HERO~』でジェット?リーが駆け上ったシーンを思い出させる
それだけの大きさを確保するのは現在の大都市圏では無理ということか、ここは相当な山の中。浙江省といっても省都杭州からは直線距離でも130キロほどあります。今回は義烏の空港を利用しましたが、義烏からの長距離バスで約1時間かかりました。
実はこれまで中国で6カ所の撮影基地を訪れたことがありますが、出来た時にはきれいだったのでしょうが、時間が経過してややくたびれてきたところが多かった印象です。ところが、見たところ改装も順次進められており、新鮮さを保っているようです。ロケが行われた作品の中から、新たにたくさんのヒット作が生まれており、それをテーマにリニューアルが進んでいるようです。7年前に来た時にはなかった『琅琊榜』『芈月伝』など古装ドラマの展示も見られました。一方でチェン?カイコー監督の『PROMISE 無極』のセットは他のもの取って代わられていました。ちょうど新たなセットが建設中で大きなクレーンがそびえているところもあり、発展ぶりを感じました。明代の街並みを撮影しようとすると後ろにクレーンが写り込むのはいささか興ざめですが(笑)。
そして、11月という閑散期にもかかわらず多くの団体客が見られました。週末というともあり、浙江省や近くの省からバスツアーが運営されているようです。各サイトが広いため、それほど混雑している印象はありませんでしたが、ショーが行われる会場はどこも満員。早く行って席を確保しないと見られないほどで、庶民がこうしたレジャーを楽しむ時代になっていることを感じました。
撮影スケジュールも告知されている。この日はジョウ?シュン主演ドラマの撮影が行われていた
船上での戦闘シーンの準備が進められていた。11月とは思えない暑さの中、よろいを着込んだ俳優たちが殺陣を繰り返していた
包青天(宋代の清廉な官僚、日本の大岡越前のような存在)様ご一行とすれ違う。どのサイトでもこんなことがあるのが、ここの大きな楽しみ
ただいま撮影中、立入禁止の標識。奥では出番を待つ女優さんが明代の扮装(たぶん)のままスマホに見入っていた
夜は地元料理に舌鼓を打ちました。山間部のため、地鶏や川魚、タケノコや梅干菜など使った素朴な味付けの料理が主でしたが、サイトを歩きまわったこともあってかどんどん食べられました。その後は小さな町の中心市街を散歩しました。お目当ては映画『我是路人甲』に出てきた場所です。この作品は映画に関わることを夢見て横店に集まって来る若者たちの奮闘を描いたもので、「路人甲」は通行人Aの意味です。作品に登場した公園では、実際に剣舞の練習する若者もいて、頑張れよと声をかけたくなりました。また、映画にも登場した歩行者天国エリアは映画をテーマに整備されており、道の両側には若者向けのファッションやスイーツを扱う店、美容室などが見られ観光客や地元の若者たちでにぎわっていました。
中心市街にある横漂公園の前には『我是路人甲』のモニュメントが
セットを見せるだけではなく、ショーも行われている。『英雄 ~HERO~』の名場面を再現するショーでは、ワイヤーも使用する華麗な演技が見られた。観客のほとんどがスマホで動画撮影しているのが7年前にはなかった風景。
というわけで、7年間の中国映画界の発展ぶりを撮影基地の変化から感じた2日間になりました。北京や上海からは少し遠いですが、中国映画ファンなら楽しめること請け合いです。チャンスのある方はぜひ一度行かれてはいかがでしょうか。
ショーには観光客参加型のものも多く、古装を身にまとった3人はとても楽しそうだった。
公園ではしょっちゅうコンテンストなども行われているようで、私たちが通りかかった時にも練習をしている人がいた。
バス停はカチンコを模していて、映画の町らしい雰囲気。こうした点も7年間の変化の一つだ。
歩行者天国は映画をテーマにきれいに整備されていた。
歩行者天国では、ショッピングやグルメを楽しむ人のほか、古装で写真を撮影する観光客なども。
【TIPS】
今回は義烏空港を利用した。空港からは路線バス(1.5元)で「火車站(駅)」もしくは国際商貿城客運中心(バスターミナル)に行き、そこから横店行きの長距離バスに乗る。
もちろんタクシーも利用できる。かつての江東客運中心は国際商貿城客運中心に統合されていた。長距離バス料金は義烏火車站~横店は18元。横店客運中心~義烏国際商貿城客運中心は15元。
横店中心市街から各サイトへは循環バスが運行されている。料金は1元だが、今回は宿泊したホテルが無料の乗車カードをくれた。タクシーも走っている。
プロフィール
1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。
1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。
現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。
人民中国インターネット版 2016年11月8日