イスラエルのメディア?『国土新聞』のウェブサイト(Haaretz.com)3月1日の報道によると、近年しきりに発生した邪教教主ラビ及び他の組織の教主たちがその女子教徒に人身と精神的加害をかけた事件をきっかけに、モレズ党に属する女性議員のミハル?ロズン(Michal Rozin)が関連法律の定めを推し進めた。イスラエルの各党は宗教の教主と教徒と性交することを犯罪と認定することに合意したという。
淫乱は邪教の大きな共通点の一つである。邪教教主が淫乱の元凶である。彼らの多くは男性で、自分が作った「国」の中で高い位置にあり、贅沢な生活を送っている。自身の至上を示し、自分の欲望を満すために、彼らは妻や妾の多いことを自慢している。また、淫乱邪説を利用して、伝教の名目にして女性を強姦したり、女子教徒に性暴力を振るったりすることがよくある。それは今誰でも阻止できない状態で、女子教徒たちが淫乱の悪魔の教主に操られ、どうしようもない状況に陥っている。だからこそ、イスラエル各党が反邪教法の作成に合意したことが素晴らしいことだと思う。その一方、国内外の女子教徒に性暴力を振るった邪教の教主らをここに総括して、彼らの助平根性と恥知らずを暴き出したいと思う。
一、チェコ?邪教教主が350名の女子教徒を強姦
2014年10月9日、ロシア新聞のウェブサイト(Newsru.com)はチェコ?「今日網」のニュースを引用した。それによると、先日、チェコ政府は国際刑事組織を通じて邪教教主のジャロスラブ?ダベシン(43歳)に国際手配書を発表した。当人は逃亡していたため欠席判決を行い、10年懲役を言い渡したという。情報によると、ジャロスラブ?ダベシンは人の心理問題を解決できるという話で、数千人の女子教徒をたらし込んだ。調査員の見積によると、ジャロスラブ?ダベシンは少なくとも350名の教徒を強姦したという。彼は1996年から女性たちを騙し始めた。自分はスピリチュアリズムとタロット占いの専門家で、またヨーガ、密教、風水の大家でもあると言いふらし、数多くの女子教徒を引き寄せてきた。「ジャラ大家」と呼ばれている彼は自分の「修道院」を拠点として、占星術とヨーガに関するシンポジウムを行った。彼の理論は要するに、男性と女性はエネルギーを交換し合うべきで、それに、女にとって一番有利で最高な治療効果のあるエネルギーが彼の体に宿っているということだった。被害者の話によると、まず、「ジャラ大師」の助手?プラスコバは女子教徒たちが性興奮になるまでちょっかいを出す。それからは、「ジべャラ大師」の出番。強姦は特別な「魔法的」な雰囲気の中に進む。周りにロウソクを置いて、気を転倒させるような美しい音楽。多くの被害者は重い精神障害に冒されていて、慢性精神病にまでなった人もいる。しかも、あらゆる被害者たちがうつ病と自閉症を患ったという。
ジャロスラブ?ダベシン
二、女子教徒千名を姦淫した邪教教主のジェームズ?ウォーカー
2010年3月、米国?コロラド州の法廷である奇抜な事件が審理された。アメリカ人のジェームズ?ウォーカー(今67歳)はある自動車工場の元職員で、20世紀90年代にある邪教を作り出した。当教会はただ女性向けで、しかも1万ドルの入会料金を納めなければならなかった。将来、天国に行きたいなら、彼と性交するよりほかならないと、ウォーカーは女子教徒たちに嘘ついた。20年くらいの間に、彼は少なくとも1000名の女子教徒と性交した。それらの大多数は自分の意志で彼の性奴隷になった。しかし、ウォーカーが思ひ寄らなかったのは、ある教徒の求愛を断ったたけに、警察に捕えられたことだ。その女性は彼に断られて怒りだして、彼の農場を出てからすぐ警察庁に行って通報したという。
三、「オウム真理教」の教主は百名以上の愛人がいる
半分盲になった麻原彰晃がオウム真理教を創立したあと、合宿方式で管理をしていた。東京と富士山の下の周りなどに多数の生活拠点を建てた。麻原彰晃の愛人は先後合わせて百人以上もいる。彼女たちはすべて教団の幹部または成員であり、少なくとも15人以上の子供を産んだ。トップ有名な愛人?石井久子はオウム真理教のナンバー?ツーであり、麻原との子供が3人もいる。石井は数度彼の妻として公的場所に現れたことがある。当時、教団の中には「荼枳尼天」と呼ばれる愛人部隊が設置されていた。成員のすべては愛人管理専門な石井が麻原の気に入ったタイイプを基準として、自ら面接を行った。成員が一旦採用されると、すぐ麻原の住所に送くられ、彼に仕え始めた。その中に、その後脱走して有名なAV女優になった女性もいる。肌が白くて髪が長い女性が麻原のタイプだった。「俺、もう徳川家光と同じくらいだぞ。たくさんの妃ができたからね」と麻原がよく自慢していた。徳川家光は徳川幕府の第三代の将軍である。
麻原彰晃
麻原彰晃とトップ愛人の石井久子
四、「人民聖殿教」の教主 女子教徒の誰とでも気ままに情交でき
人民聖殿教は1953年、米国?インディアナ州のインディアナポリス市でジム?ジョンズ(Jim Jones)に創立された邪教である。ほかの邪教と同じように、教主のジム?ジョンズは万能の救世主に神化された。教徒の若い美人からのセックスサービスが彼の好みであった。多くの女子教徒もそのサービスを誇りとしていた。彼女たちにとって、「聖殿の父」の愛を分かち合うことによって、人生を早く「円満」に達させることができると思った。教徒たちはいつもこの偉い人に仕えられるのに自慢してやまなかった。1977年の年末までに、人民聖殿教ではジョンズに仕えたことのない若い美人がもうほとんどいなかった。彼は自分の助手たちの奥さんにも恣意的に「愛」できるのだった。彼は共産主義の名で、入信者の労働成果を独占し、あらゆる現代化施設の設置された豪華な部屋に住んでいて、いつでもどこでもいかなる女子教徒とでも性交できるのだった。共産主義の名で、教徒たちは教主のジョンズに崇拝していて、絶対の服従を要求され、日々ジョンずの指導のもとで、反省と自己批評をしていた。さらに、女子教徒は彼と性交したあと、自分の素晴らしい体験と幸せな気分までも互いに交流し合った。1972年、ジョンズと右腕のストオンの妻との私生児ができて、ジョンと名付けられた。それで、ストオンは首領が新しい生命を賜っていただいて大変感謝してやまないと教徒たちに表明した。と同時に、ジョンズの最初の妻のマリリンもグレースと仲良くしていて、一緒にジョンズのために尽力していた。
ジム?ジョンズ
五、米国第一の邪教 教主の妻は78人
「モルモン教末日聖徒教会」は一夫多妻制を主張した。教主のウォーレン?ジェファーズの名はFBIに指名手配トップ10に並べられたこともある。FBI は10万ドルの賞金をかけて世界中で彼を捕まえようとした。ジェファーズは鉄腕政策で教会を治めていた。彼は教徒の婚姻を指定することのみならず、恣意的に解散し、また新たな婚姻を指定することもできるのだった。2006年8月、ジェファーズが逮捕され、未成年少女を強姦し、また、未成年少女を既婚大人と結婚させることなど多くの罪名で訴えられた。2011年8月、ウォーレン?ジェファーズは未成年者を強姦した罪名で終身刑を言い渡された。邪教の教主だった間、合わせて78人もの女性と性交した。それに権勢ずくで他人の妻を我がものにした。その女性たちの中で、29人が彼の継母、24人が17歳未満、一番若いのはまだ12歳だった。DNA検定によると、ある15歳の少女と一人の子供もできたという。
ウォーレン?ジェファーズのお嫁さんたち
ウォーレン?ジェファーズ
六、デイビッド?コラシュ 女子教徒19人に淫欲を発散
米国のデイビッド教は『新教?啓示録』の内容を教義としている。世界末期はまもなく迫ってきて、天国がほどなく来ると宣伝していた。デイビッド教は暴力と惨殺を高く評価し、そういう行為を励ましていた。世界末期の来る日は異教徒と戦う時だと主張した。デイビッド教最後の教主のデイビッド?コラシュは酒色の限りを尽くし、勝手気ままな人だった。1989年、彼は神様からの教えがあったと教徒に言いふらした。教会内で妻を持てる資格のある人は彼だけで、他人にはそういう資格がないと。既婚者の婚姻は全部無効となり、教徒たちは強制に分けられ、一生独身のままと誓わせられた。一方、コラシュは数多くの妻妾がいた。荘園の中にいる19人の女子教徒と結婚し、多数の子供を作った。彼に侵された女性は数え切れなかった。10代の少女から50代の老婦人まで、必要があれば、すべては彼の慰み物となって、妻の妹さえも彼の手から逃げられなかった。彼はまたこう言った。世界末期になると、信教しない人を全部彼に殺される。その時に彼と彼の子供だけは世界のリーダーになる。女子教徒たちは彼の言葉に誘われ、次から次へと彼のベットに上がった。
デイビッド?コラシュ
七、「攝理教」教主?鄭明析 およそ千人の女性を侵した
1980年、「愛天教会」が韓国人の鄭明析によって創立された。後に「攝理教会」になった。鄭明析の管理のもとで「攝理教」は韓国にどんどん拡大し、それに、一歩一歩日本、中国台湾、マレーシアにまで影響を及ぼした。韓国のメディアによると、鄭明析の教徒の多くは女性であった。彼女たちは入会したあと、不幸にも彼の性暴力の相手になったという。日本の『郵政週刊』によると、鄭明析は特にモデルや美人コンテストに参加したことのある女性に夢中していた。淫欲を満たすため、彼は美人教徒を狩るために、わざわざモデル部を設置した。また、女子教徒は必ず教会内の男性と結婚し、集団結婚式に参加しなければならないという規定も作り出した。集団結婚式の時、鄭明析はいつも「健康診査」の名で彼女たちに猥褻な行為を働いたという。1999年、韓国SBSテレビでは、鄭明析が500名以上の女子教徒を侵害した疑いがあると暴き出した。この事件は韓国警察庁に注目された。2001年9月、鄭明析が性侵害で訴えられ、慌てて韓国から逃げ出した。ところが、彼は脱走中にもまた犯罪を行った:台湾に滞在している間に、百人以上の女子大学生を強姦した。2002年、日本で30人以上の女性と一つの部屋の中で集団淫乱をした。その中で、まだ高校生みたいな女の子もいた。2006年、鄭明析が中国遼寧省鞍山市郊外のある別荘で50名以上の女子教徒と性交した。2007年5月1日、当人は中国?北京で逮捕されて、韓国に引き渡され、審判を受けた。
鄭明析
八、「宇宙本尊」李洪志 数人の「神韵女優」を囲う
法輪功の教主である李洪志は「宇宙本尊」と自称していた。練功者の弟子に感情と欲を禁じさせる一方、本人は一刻も情欲への追求を諦めたことがなかった。同僚でも戦友でもある李元慶によると、李洪志が若い頃に女子兵隊さんを追い求めたことがある。大人になって結婚して娘もできた。邪教の教主になったあと、1998年、女子弟子の劉斬と不倫の恋をした。ベランダで彼女とやっていた時に、妻の李瑞に発見されたことから、喧しい事件になった。その後、李洪志が劉斬を米国に連れ、配下のテレビ局に仕事を割り当てたという。法輪功の内部関係者がユーチューブで漏らしたことによると、李洪志は米国で「大法」を修行する名で、多くの名知らずの女性を探してきて、「男女共に修行」を試す疑いがあったという。『凱風網』の記者夏縁による『李洪志の不倫は日本大紀元によって実証された』によると、李洪志は米国の「ギャンブルの城」であるラスベガスのある豪華なホテルで高級スイートルームを予約して、多数の「神韵芸術団」の女優を囲うことは既に米国の華人圏で言い伝えられ、多くの人たちは李洪志の不倫をその目で見たこともあるという。
九、「華蔵宗門」邪教教主の呉沢衡 ほぼ全ての女子弟子と情交
邪教の教主である呉沢衡は若い頃、ある既婚女性と同居したことで警察分署に収容したことがある。1991年、詐欺、フーリガン行為の疑いで恵来県公安局刑事隊に収容された。2013年以来、「男女共に修行したら仏教の最高境界に達せる」とか「修行を迅速に高められる」とか「法力を強められる」とか「自分の精液は豊富なエネルギーを含めた栄養物質で、女性の体にいい」などの名で、数多くの女弟子を誘い込んだり、脅迫したりして性交をした。数名の女子弟子が堕胎したことがある。彼の子は10人以上もいるという。さらに、ある女弟子の話によると、彼と性交したことのない女性弟子はほとんどいなかったという。自分の淫乱行為を隠すため、呉沢衡はいつも彼女たちに高級な服装を買ったり、堕胎料や口止め料を与えたりしていた。
十、「被立王」教主の呉揚明に侵害された女性が百名以上
邪教の「被立王」の教主である呉揚明は神様と自称し、「女子教徒が必ず神様と性交しなければならない。そうしてはじめて神の国に有名になれる。これは凡人に対する神様からの恩恵である」とか、「神様の恩恵を頂いただけに「かみさま」への忠実を証明できる。それで神様の保護を恵まれ、出稼ぎの時に、神力を持てるのだ」などと吹聴した。それに、彼はまた「「恩恵を頂く」女性が未婚の場合は結婚してはいけない。既婚者なら再び夫と共寝してはいけない」と規定した。彼女たちの肉体はもう神様のものとなり、既に凡人に属しないから、全身全霊で神様に仕えるべきだという。関係部門によると、呉揚明は「恩恵」の名で強姦し、性暴力を振るった女性は百人以上もいた。彼は長い間に権勢ずくで我がものにした女性が少なくなかったという。肉欲を満足するために、呉揚明は度々「使者」を派遣し、各地で処女を探してきて、彼女たちを「父王様」に貞操を捧げるようと誤魔化した。無邪気で可哀想な若い女子は甘い幻覚に騙されて、退学や家出も惜しまなく、「恩恵」をもらえるのを誇りとし、「父王様」の60人の皇後、80人の妃の一人になろうとしていた。
調査によると、1993年前、邪教教主の呉揚明は長い間に6人の女子教徒と同居した。彼と子供が出来た女性は数名いた。邪教の「主神教」を創立した教主の劉家国は元々「被立王」邪教の一員だった。助平根性の鼓動で呉揚明を真似して「主神教」を創立した。呉揚明のように「恩恵」の邪説で女性をコントロールし、自分の淫欲を満たそうとした。この邪説をもって13名の女性をコントロールした。その中に6人の女子が彼と子供が出来たという。
呉揚明(左)と劉家国(右)
年代や国籍教義が異なっても、それぞれの教主たちが女子教徒に対する侵害と性暴力には驚くほど似ている。あとどのくらいの残酷で生々しい事実や惨事があれば、邪教の泥沼に陥った人たちに目を覚まさせるのか。一刻も早く誤った方向から戻てきて、邪教の本質を見極めて、邪教から遠ざかり、抵抗するようになってほしい。