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兪雪微:法輪功は私を殺人犯に

2010-09-06 ソース:Kaiwind 作者:兪雪微

兪雪微といい、朝鮮族。1981年1月に生まれ、専門学校卒業。元々は吉林省長春市欧亜スパーの販売員で、長春市経開区に住んでいた。夫の名は金明鐸といい、朝鮮族。1976年2月に生まれ、高校卒業。元々は長春市一汽VWで働いた。2004年2月、息子が誕生した。頭のいい、とても元気でかわいい子だ。

しかし、こんな幸せな家庭は、私たち二人が同時に法輪功に溺れたため、バラバラになってしまった。いわゆる「真相を話す」「迫害を反発」「円満を求める」のために、夫金明鐸は法輪功チラシを製作し、貼り付けて、散らしたため、2008年4月に法律によって懲役された。私は師匠の「呼びかけ」に応え、早く「円満」を求めるため、ほかの三人と一緒に、法輪功練習者肖栄に対し、「憑き物を追い払う」という理由で殴りつけて、生き殺した。無期懲役と言い渡された。

夫金明鐸は1997年から法輪功の練習を始めた。2003年3月に結婚してもあきらめなかった。あの頃、マスコミはよく法輪功を批判していたが、彼は家で「転法輪」を呟くように読んだり、夜になると座禅したりする以外は、外へ出かけて「法の学習」「集合」など活動を参加していなかったため、私は特に気にしていなかった。

2003年12月、ただ51歳の母親は肝臓がん末期だと診断されてから一ヶ月も経てずになくなった。一人娘の私は急に母に死なれて、辛くてたまらなかった。人生にある生老病死に対し、非常に恐れるようになった。

心細くなった間、夫のアドバイスを聞いて、「転法輪」など書類を受け取った。

李洪志は本では「病気とすべて不幸の元は業力だ。」「本当の修練者は病気にかからない。…あなたは功を練習しているだけだ。功を練習しなければすでに死んだ。」(李洪志の大法録音)、「将来、修練できたときになると、ほしいものはすべて手に入れられる。やりたいことがあれば何でもやれる。その人の世界に何でもある」

世の中にこんないいことがあるのか。法輪功を修練すれば「業力を消却」できるし、病気になっても薬を飲まなくても済むし、「円満」になると、「福報」「天国へ昇天」などができるし…

そして、私は不信から半信半疑になって、最後に法輪功に溺れてしまった。自分は修練に遅れたことに悔しかった。もしもっと早く修練すれば、あるいは母親と一緒に修練すれば、母親は病気にかからなかっただろう。病気になっても、師匠から「法身加護」してもらえるし、母親はそんなに早く私から離れることはなかっただろう…

しばらく修練すると、ようやく母親に死なれた苦しみから脱出した。それより、夫婦として共同「趣味」を見つけた。毎日、夫は帰ったら私と「法の学習」体験をお互いに交流していた。喧嘩もなくなった。私は「法の学習」の楽しみを味わった。

2007年、夫の紹介で、「悟り」に優れた高洪慶(1975年生まれ、高校卒業、一汽VW社員)と王海鵬(1976年生まれ、高校卒業、一汽VW社員)と知り合った。彼達と交流することを通じて、私たちは法輪功に対しますます溺れになった。あのごろ、毎日李洪志が世界中「説法」し、私に「縁を大切にし、更なる精進する、早く円満になることに頑張れ」と言ってくれる夢ばかりを見た。

高洪慶と王海鵬は夫の同僚で、家も近かった。それにみんな「同修」だから、よく集まったりして、お互いの「心性関」と夢を交流したりしていた。師匠は「夢で見た景色はあなたの元神はそこに至ったからだ。真実なものである」(「転法輪」)と言ったからだ。私たちは周公の夢判じのように、夢の中師匠が何を現れてくれたのかを「悟り」、お互いにおべっかを使い、麻痺し合っていた。師匠はどう悟ってもいい。外れることはないと言ったからだ。

2007年9月22日、明慧サイトで師匠が米国中部地区ミネソタ州法会にて新しい経文を発表した:「大法弟子の修煉は、個人の圓満成就のためだけではない…衆生を救い済度することは大法弟子が必ず行わなければならないことである」。衆生を救い済度することって、転化した人と不「精進」な人たちは勿論含まれているだろう。師匠は「正法」がなかなか終わらないことはその人たちにチャンスを与えていると言った。

その経文を聞いたら、私たちはすぐ気になってはいられなかった。周りにはやめた人や不「精進」な人がいるかどうかを考えた。私と夫は自然に夫の弟金明東を思い出した。

金明鐸と同じ、金明東は1997年から法輪功の練習を始めた。1999年国が法輪功を取り締まった時、彼は元吉林工学院(現在は長春工業大学と名前替えた。)の一年生だった。つづけて修練するため、中途退学にした。反邪教ボランティアーから何回も説得したため、ようやく法輪功をやめさせた。彼は2004年韓国にある中韓貿易会社へ働きに行った。外国語二種(英語と韓国語)を熟練に話せるし、器用だし、会社に重んじられていた。一年間の収入は日常に使う費用を除いても10数万人民元があった。

これは絶好の「チャンス」だ!私たちは今回こそ「衆生を救い済度する」偉い使命を見逃すもんか。

2008年2月1日から15日、私たちは4歳未満の息子を父親に預かってもらい、何の猶予もなく自払いで韓国に行った。初めての海外なのに、普通はよく見物するはずだが、私たちは自分の使命を完成させるため、どこも見物に行かなかった。ずっと弟の借り部屋で彼を説得していた。

説得作業はうまくいけなかった。始め頃、金明東は全く動揺しなかった。私は言葉に工夫し、自分がよくできた幻覚と夢を話してあげ、それは事実だと信用させてもらった。「円満」の時期はもうすぐやってくる。そのまま諦めると、今までの苦労は無駄になったと彼に言った。私たちの繰り返し説得に耐えられなく、彼はようやく考えてみると言ってくれた。

間もなく私たちのビザが切れたので、残念と思いながら帰国しなければならなかった。帰っても、金明東をほっといてはいなかった。海外電話やビデオチャットなどいろんな手で彼を続けて説得していた。

やればできないことはない。2008年4月3日、金明東は全部の違約罰金を支払って、すべての「名声、利益、愛情」を捨てて、付き合ったばかりの彼女も含め、長春に戻って、わが家へ帰った。「大法」に対するやましい気持ちを持って、金明東は前より一層一生懸命に練習し始めた。

金明東の「改心」は私たちの「衆生を救い済度する」ことに自信と勇気を与えてくれた。自分の「功力」が著しく向上し、「円満」へ一歩近くなってきたと思った。そして、私たちは続けて「衆生を救い済度」しようと思って、あちこち不「精進」の人を探していた。

高洪慶は隣人数人が以前の練習者だそうで、彼はひそかに探しに行った。しかし会ったら、お爺さんとおばあさんばかり、みんな家事で忙しかった。孫の送り迎えをしたり、家で病人の世話をしたりして、時間的には「精進」がダメだった。しかし、隣人たちから重要な手がかりを提供してくれた:肖栄(長春出身、1979年生まれ、無職)という若い女はとても「精進」しているそうだ。体には「憑き物」があるらしい。でも夫に練習しないようによく監視されているそうだった。

時間は緊迫なので、私たちは肖栄の憑き物は一体どんなものかを確認するため、一度会ってみることを決めた。師匠は「憑き物は動物で、神に修練できないため、白い物質のおおい、根性がいい人を探し、「でい泥がん丸きゅう宮」 に潜り込んで、あなたの身体から「精華」を取って、人の形を修得しようとしているので、そこに居坐ってしまいます。見た目では、人間に見えますが、実際は憑き物です。」と言ったことがある。師匠は「転法輪」では、「蛇」を倒したことがあると言った。

初めての面会は私、夫、高洪慶と王海鵬四人が一緒に行ったのだ。肖栄の話には理屈が通れなく、様子もおかしかった。あれこれを関係なく話した。時々李洪志「法身」が体を清浄してくれたと言ったり、時々は私はその狐の憑き物で、今日の面会のため、数千年も彼女に取り付けられた…

肖栄の話に対し、私たちは固く信じた。やっぱりこれは師匠が言われた憑き物だと思った。師匠に対する崇拝がますます強くなったと同時に、それは師匠がわざと私たちにくださったテストだと思った。ひょっとしたら師匠の「法眼」はどこか私たちを見ているかもしれない。肖栄の憑き物を追い払い、彼女がはやく「正果」に修練できるようと私たちが決心した。

しかし、憑き物はどうやって追い払えばいいのかは誰も知らなかった。「悟って」から決めようと思った。

2008年4月7日、つまり金明東が帰国してから五日目、夫は日勤で出かけた。私と金明東は家にいた。午前中10時頃、夜勤が終わった高洪慶は不「精進」の金明東と相談し、「功力」を回復させるため来た。12時未満の頃、離婚手続きが終わったばかりの肖栄は離婚証を持ちながらわが家に来た。肖栄は入ってから呟いてばかりいた。話したり、歌ったり、踊ったりして、口から出した声は二人で喧嘩しているようだった。

肖栄の離婚証を見た私たちは彼女の勇気に感服した。大法を信じるため、早く「円満」を求めるため、婚姻、夫と八歳の息子を捨てた彼女に対し、私たちは慙愧だった。肖栄を救う気持ちを一層固く決めた。徹底的に憑き物を追い払って、肖栄がよく修練できるようにさせたかった。そのままでは肖栄は可哀そうだった。私たちは「同修」として、見殺してはいけなかった。もしかして、これは師匠から与えてくれた「関」かもしれなかった。だって、師匠は言った:「すべては偶然ではない。すべては心性を高めるための関だ。」

そして、私たちは「法」の要求に従ってやり始めた。まずは「転法輪」の「論語」を朗読。肖栄を真ん中に囲まれ、大きいな声で「法」を朗読した。次は一緒に「正念を発する」:「世の中にすべての悪を消滅する…」しかし30分を過ぎても、肖栄はそのままの様子で、全く効果なかった。師匠の「認められるすべての方法で邪悪を制服する」という要求に従い、私たちは冷たい水をかけた。でもダメだった。「狐」なら、熱さに弱いだろうと思って、お湯を沸騰させ、ボトルに入れて肖栄のお腹に置いた。肖栄は高熱で叫びつづけた。「狐」が去ったのかと聞いたら、彼女は去ったと答えた。そして私たちはやめた。しばらくしたら、肖栄は元通りおかしい様子に戻った。「狐」に騙されたと私たちが思って、テレビドラマのまねをして、針を肖栄の上の唇に刺したが、効かなかった。しかたがないので、電話で「功力」がすごい王海鵬を呼んだ。王海鵬が入ってきてから、「狐」にたいしてやさしくしてはいけない、師匠は「忍に忍べない」と言ったじゃないかと言った。

こうして、私たち四人は彼女を殴り始めた。まずはびんたを張った。彼女は痛くないと言って、もっと力を入れてと要求した。男らは足で蹴りはじめ、目的もなく勝手に蹴っていた。間もなく肖栄全身は青くなったり黒くなったり、ボロボロになった。顔も腫れた。肖栄は静かになり、あんまり叫びなくなった。みんなはこれで効きそうと思って、殴り続けていた。ようやく彼女が倒れて動かなくなった…

この時、金明東はおかしいと思って、ひょっとしたら死んでいるか。病院へ運ぼうかと言った。私たち三人は一斎にあり得ないと言った。修練者には師匠の法身に加護されて、「車にぶつけても死ねない」から、私たちで殴り殺されるわけがない。

実は、肖栄は本当に死んでしまった。私たち四人に殴りつけて生き殺された。

 

凱風サイト,2010-06-22)

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